情報保障とアーカイブズの連動 ───アーカイブのアクセシビリティに注目して 種村 光太郎
2022.10 『遡航』004号 pp.47-55
文字情報保障、アーカイブ
要旨

1. はじめに

1-1. 背景と先行研究

アーカイブズとは、「我々の社会が表象するものごとに関する妥当なドキュメンテーションを将来の世代に残す(Richard[2009:257])」ために行われる活動である。このようなアーカイブズの構築は、何らかの要素、問題など個別のトピックにおいて、「形に残っているもの」の保管がなされてきた。その例として、大学内における公文書や、社会運動のアーカイブズなどが挙げられる。大学における公文書であれば、大学の内部で行われた何らかのやり取り、例えば予算に関するものを「予算概要」等として、また組織設立に際しやり取りされた原議書を「組織設立」等としてカテゴライズし、保存してきた。  また日本では、運動内部で発行された「ビラ」や「機関紙」を収集し、公開可能な状態として保存する取り組みが積極的に進んでいる。その背景として、日本では、戦後の社会運動に関する記録が公文書館や図書館による系統的収集対象になりにくく、散逸してしまう可能性があるためである(平野[2013])。  しかし、先ほどのアーカイブズの定義に照らし合わせるならば、アーカイブの活動は、公文書やビラ・機関紙などの「形に残っているもの」の収集だけに留まらず、世の中の知識や語りを含めた「形として残っていないもの」を含め収集、そしてアーカイブしていくことが必要になる。美馬[2018]は、アーカイブ研究について、「適切に利用可能なアーカイブ化を行うには専門業者への外注だけで不十分であり、研究に携わっている研究者らが主体的に複数領域でのアーカイブ化に関わる必要性がある」と述べ、「研究活動とアーカイブ化を分離した活動とみるのではなく、アーカイブ化そのものが新しい領域横断的な研究を生み出す側面に着目し」、「アーカイブズ・スタディーズ」という学問領域の展開を試みる(美馬[2019:3])。このような背景や、形として残らない/残りにくい知識や語りなどがオンラインという形でアクセス・保存しやすくなった現代において、アーカイブの重要性が増していると言える。  しかし、この「アーカイブズ・スタディーズ」が発達していくためには、形の残らない/残りにくい語りをアーカイブしていくだけではなく、どのような人々でもアクセスしていけるようなアーカイブの在り方を模索する必要がある。しかし、その在り方について、先行研究では十分深められているとは言えない。  立岩真也は、障害者に対して行われる情報保障について、以下のように述べる。

私が少し関わっている視覚障害の人たちのことでいえば、彼らは墨字が読めない、だけど、聞いたり、あるいは拡大して読むことはできるので、テキストデータというか、コンピューターで読めるデータにすればいいんです。だけど、これまでそれがおおっぴらにできないということがあって、一人ひとりの人間が誰か、ボランティアであるとか、お金を払って頼んで、自分が読みたい本のデータを入手する。だけどまた別の人が同じ本を読みたくなったら、また全然別経路で、同じ手間をかけてもらって、そのデータを手に入れる。・・・(中略)・・・そしたらいったんデータができてしまえば、それを 2人で、3人で、4人で、もっと たくさんの人で使うことができる。(近藤ら[2011:234])

一般的に情報保障とは、「場を共有しているすべての人が同時に・同質・同量の情報を得てその場に参加できるようにするための活動(宇都野[2020:71])」などと定義され、障害者が自身で収集困難な情報(例えば、聴覚障害者に対する音声情報、視覚障害者に対する視覚情報の提示)にアクセスすることを可能にする取り組みとされている。しかし、立岩は、情報保障のような技術を「その場」に居る障害者のためにのみ用いるだけではなく、他の障害者に対して用いることで益とする試みも可能であるとし、その在り方が模索されるある必要があると述べる。  この立岩の指摘に則るなら、従来のアーカイブの活動から漏れる部分と障害者への情報保障をどのように接続することができるだろうか。例えば、近年の新型コロナウイルス感染拡大に伴い、「Zoom」などのWeb会議ツールで開催されるシンポジウムが増え、その様子を記録し、保存することが可能になってきた。その際、障害者への情報保障として文字情報保障(文字通訳ともいう)を配置し、その様子を記録し保存・公開をすることができれば、健常者だけではなく、その場に参加していない障害者のアクセスであっても「形に残らない知識や語り」へのアクセスが可能となり、益になる試みになると考えられる。  そこで本研究では、「形として残らない知識や語り」にどのようにアクセスしていくのかについて「情報保障」、特に聴覚障害者のために使われる「文字情報保障」の現状を概観し、その仕組みを利用できることを述べる。そして、その記録の保存を促そうとするものである。なお、本稿で想定する情報保障場面は、オンライン上のシンポジウム等である。

2. どのような情報保障の取り組みがあるのか

「文字情報による情報保障」とは、一般的に、発話者の音声を何らかの手段を用いて文字化し、サービスの利用者に対して文字情報を提示するシステムを指す。窪崎[2018]は、情報保障と文字起こしの違いについて、以下のように述べる。

文字起こしと文字情報保障は「音を文字にする」という点においては似た点もあるが、実際には異なるものである。文字起こしは「(多くは記録として事後的に用いることを主眼に)音声を文字に変換」するものであるのに対し、文字情報保障は「聴覚障害者のその場への参加を目的として音声情報を文字情報」にリアルタイムに変換するものである。そのため、単に音声を文字に起こした文章と、文字情報保障として表示される文章は異なることがある(窪崎[2022:74])。

例えば、発話者が口頭で、スライドを指しながら「それ」と発話したとしよう。単なる文字起こしでは、その発話に忠実に「それ」と書くわけだが、文字情報を見るだけでは必ずしも「それ」が「スライド」を指しているか分かるわけではない。そのため、「それ」を「スライド」と語彙を変換して文字情報を表示するわけである。本節では、PCで入力を行い文字情報の提示を行う「PCノートテイク」、ディープラーニング技術を活用し、音声を文字情報に変換する「音声認識機器」を例とし、その実態について、実際に用いられている場面より確認する。

2-1. PCノートテイク

高等教育機関の聴覚障害学生の支援などを専門とし、筑波技術大学の管轄機関である、「PEPNet-Japan」が公開している資料によれば、PCノートテイクの特徴として、以下が挙げられる。PCノートテイクの質を高い入力を目指すためには様々な訓練を積むことが必要だが、ブラインドタッチによるタイピングを習得すれば、1分あたり120~180文字、熟練者になれば200~250文字の入力が可能になる。そして、1文を複数人で入力する連携入力になれば、原文の8割程度を伝えることが可能になる(三好[2016])。しかし、PCノートテイクに求められるのはタイピングの技術だけではない。PCノートテイクの情報保障であれば、その情報保障場面の内容を、支援者が詳しく知っているのか否かで入力できる内容・量に差が生じ、情報の質が変わる。そのため、適切な支援者選びが重要となる。  このようなPCノートテイクを行うためのアプリとしては、ワープロなど一人で入力できる一般的なワープロであったり、LANやネットワーク接続機器を用いて複数人で同時に連携入力を行う「IPtalk」や、筑波技術大学が作成した専用ウェブサイトである「captiOnline」、「T-TAC Caption」などがある。それぞれの機能に大きな差はないため、本稿では具体的な記述は行わない。

2-2. 音声を自動で認識し、文字に変換する

2-2-1. AmiVoice

AmiVoice(アミボイス)の開発元であるアドバンスト・メディア社の説明★01によれば、AmiVoiceは元来情報保障としてのツールではなく、音声認識エンジンを用いた「議事録作成支援システム」である。しかし、AmiVoiceを利用して音声を文字情報へと即時字幕化することで、聴覚障害者への情報保障としての活用が可能になる。  AmiVoiceを用いた情報保障の実用性を検証した研究に、櫻井[2010]がある。櫻井は、2009年の障害学会大会においてAmiVoiceを用いて聴覚障害者への情報保障の応用可能性を探るために、運用実験を行った。櫻井の報告によれば、AmiVoiceの運用のために数百万円を費やしてもなお、音声を文字に変換する際に生じるタイムラグを背景とし、リアルタイムの文字情報支援として使えないものであると述べた。そして、十分訓練された復唱者(発話者の発言内容を、発話者と別の人間がそのまま機器に復唱する人)や、校正者(文字化された情報が誤っていた時に修正を行う人)などが必要であり、誰もが簡単に使える技術ではないことを述べた。

2-2-2. UDトーク

「UDトーク」とは、「コミュニケーションのユニバーサルデザインを支援」を目的としたスマートフォンアプリであり、PC単体では利用できない。このアプリは、前述したアドバンスト・メディア社のAmiVoiceと同じ検索エンジンが使用されており、アプリ内に登録されている単語辞書を参照し、文字化が行われている。このアプリには、有料の法人版と無料版があるが、以下、UDトークの公式ホームページ(HP)★02より、該当箇所を説明する。  UDトークの法人版と無料版で、音声認識機能の精度に違いはない。しかし、①プライバシーを扱うか否か、②業務で使用するか否か、という点でどちらのプランを使用するかを選択する必要がある。①について。UDトークは取得した音声データを音声認識精度向上のために保管し、解析を行っている。一方、個人情報や機密情報を含む内容の場合、あるいは相手が音声の取集に同意をしていない場合などがあり、音声を収集されると問題が生じることが考えられる。そのようなことを防ぎたい場合、音声を収集しないようするために、法人版を使用する必要がある。  ②について。UDトークが無料でアプリを提供できているのは、法人プラン等による収入源があるためである。従って、その内容によらず「一般企業」「自治体(公共機関)」「教育機関」で使用をする際には、法人版での利用が必須となる(法人版の料金に関しては、小規模の団体で月額9800円から利用できる。その条件や他の利用プランに関しては、HPを参照されたい★03)。  このUDトークの実用性を検証したものに、中井[2021]、二神ら[2018]がある。中井[2021]では、障害学会の運営側が障害学会理事会に向けメール上でアナウンスされた大会説明文から、話し言葉に近いものを抜粋し、「UDトーク」の精度を確かめる実験を行った。この実験では、発言者が①適切な発音速度で、②明瞭かつ教科書通りに平易に話すことによって、誤字になる可能性を含みつつも、コミュニケーションの場において活用できる可能性があることを述べた。また、二神ら[2018]では、高等教育機関の聴覚障害学生に対する情報保障で、複数場面におけるUDトーク活用事例を検討し、技術を用いる際の注意等を列挙した。この検討においては、支援を行う修正機器(事例ではスマートフォンとパソコン)、そして修正技術を習得した適切な支援者を配備することで、音声認識の精度を上げることが可能であり、「『合理的配慮』のツールとしての音声認識の活用可能性を見出すことができる」と述べる。

2-2-3. Zoomでの文字情報の表示

新型コロナウイルス感染拡大に伴い、近年Webミーティングツールとして用いられる「Zoom」には①Zoom自体のライブ文字起こし機能、②配信用アプリを用いる文字情報保障など、文字情報を表示する方法がいくつか存在する。それぞれについて、概観する。  ①について。Zoomに内在されている機能で、Meetingsやウェビナーの際の発話内容を即時文字起こしし、デバイス画面に表示することが可能である。この方法では、表示された文字起こしの内容を修正することができないため、誤字が誤字のまま表示される場合がありえる。そのため、「その場の参加」を目指す情報保障としては、不十分なものとなる可能性がある。  ②について。これは、Web上のセミナーの情報保障手段としてよく用いられている方法である。この方法では、PCノートテイクの文字情報が表示されている画面を配信用ソフトを用いて配信する、あるいは表示する方法である。詳しくは、「PEPNet-Japan」の「オンライン授業での情報保障コンテンツ集の公開」というページにて、オンライン情報保障のノウハウを公開しているため、そのサイトを参照されたい★04。

2-3. 情報保障を付けることの意味

ここまで、様々な情報保障の取り組みについて、それぞれどのように情報保障が行われているかを見てきた。何かをアーカイブしていこうとする時、情報保障が設置されていれば、多くの聴覚障害者のアクセシビリティが向上し、様々な人がアクセス可能なアーカイブとなっていく。この点は「アーカイブズ・スタディーズ」の発達にとって重要なことである。しかし、その時に生じうる課題について、以下が挙げられる。  まず初めに、いずれの方法を採用するにせよ、完全な技術はなく、何かしらの情報の不足が生じうるため、工夫を要するということである。  音声認識アプリについては、支援者がおらずとも使用することはできる。しかし、現代の音声認識機器の精度は向上している一方、認識された文字が誤っている可能性もある。さらに、その誤った情報が別様に解釈されてしまう可能性も考えられる。そのため、聴覚障害者がその場に参加するためには、認識されたものが正しいのかを常に確認する、誤っている場合には正しい情報に修正するなど、参加のための工夫が必要となる★05。  また、健常者が不出来な技術に合わせるという工夫も可能であり、志向されなければならないということである。立岩真也は、セミナーで用いられた「AmiVoice」の情報保障がうまく行かなかったことについて、次のように述べる。

滑舌が悪い私のような人が話すと認識率が落ちるといったことがある。では、私がしゃべるのを誰かが代わりにリスピークするっていう、結局人を一人増やすというやり方になるのか。けれどもそういうそれなりに大きな仕掛けを作るんではなくて、例えば私が少し、口の動かし方とかを練習して、そして、タイムラグが生じるんであれば、私自身がその画面を見ながら、「あ、だいたい表示し終わったな」と思ったら、次のセンテンスに進むっていうやり方もありだと思うんです。機械を使いながら、喋っている側が何か工夫をして、スピードを落としたりしていけば、私とその機械の二人三脚で少なくともスクリーンやディスプレイに映していく、そういう方法というのも一つにあるのではないかなと思うんです(近藤ら [2011:224])

現時点で完全な情報保障手段は存在しない。しかし、技術を用いる健常者の工夫如何によっても、情報保障の質は大きく変わりうる。健常者側が、その意識をどこまでもちえるのかということが課題になる。  次に、情報保障が付いているシンポジウム等をアーカイブした時、その場に参加していない人が副次的にその情報保障を利用することをどのように考えることができるだろうか。例えば、以下のようなことである。オンラインのシンポジウムに参加するために情報保障を求める人がいるとする。合理的配慮の一つである情報保障は、障害者が「その場」に参加するための役割を果たしているため、障害者がそのシンポジウムに参加するために、情報保障が通訳として用いることは当然正当化される。しかし、後日、その公開したアーカイブの文字情報や、その文字情報のログの転載が許可され公的なものとなった場合、多くの人(ここでは聴覚障害者に限らず、視覚優位な人など視覚情報を求める人全般)が副次的にアクセスし、利用することが可能となる。私的な情報保障が、公共性を帯びていくということである。  視覚障害の場合、私的な情報保障を公共的なものとしていこうとするような取り組みが存在する。研究者であり、視覚障害の当事者である栗川治は、大学の障害学生支援室に「全国障害者解放運動連絡会議(以下、全障連)」の発刊した機関紙等のテキストデータ化を依頼した。そこで大学の障害学生支援室は、指定された機関紙をテキストデータに変換を行った。このテキストデータは、後に立命館大学生存学研究所が主管するHP「arsvi.com」に掲載され、「時空の制約を超えて、いつでも、どこにいても、そして視覚障害があろうと無かろうと、読めるようになり(栗川[2022:86])」、アーカイブの機能を果たすことになった。  しかし、このような取り組みがある一方、情報保障には、障害者の「その場」の参加を目的とした通訳の性質があるため、情報保障の結果生じたもの、例えば文字通訳のログ等を存在しないものとして扱い、「その場」以外での利用を認めない考え方も存在する。栗川も述べているが、今後私的に用いていた情報保障を、他人が利用することをどのように考えるのかについて、個別具体的な事例を踏まえて検討していく必要がある。そして、その中で聴覚障害者に対する情報保障の場合と視覚障害者に対する情報保障の事例がどのように異なるのかについても検討されていく必要があるだろう。

3. 終わりに

公的アーカイブから漏れる部分をアーカイブしていこうとする時、情報保障が設置されていれば、多くの人のアクセシビリティが向上する。形に残らない記録をアーカイブしていこうとする時、情報保障は必須の取り組みであると言える。  しかし、その情報保障を導入した活動を保存・公開していくとき、どのような問題が生じ、どのように解決していくことが必要になるだろうか。今後、検討されていく必要がある。