【資料】 資料 1960年代、自閉症とその周辺への支援を求めた「陳情書、請願書、要望書、理由書」 ───あすなろ学園「保護者と職員の会」保存資料から 植木 是(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
2022.12 『遡航』005号 pp.40-62
1960年代、「陳情書、請願書、要望書、理由書」、自閉症とその周辺への支援、高茶屋病院、あすなろ学園「保護者と職員の会」
要旨

日本の自閉症とその周辺への支援がどのようにかたちづくられていったのか、とりわけ1960年代黎明期のこと、自閉症児の親たちとそれを支援した施設関係者の動きの実像はよくわかっていない。本稿では、当時日本唯一の自閉症児のための専門施設とされた「あすなろ学園」(三重県立高茶屋病院内、1964年~2017年(開設~発展改組))の存在に着目し、その後身・関係施設親の会由縁の倉庫で新たに発見された「保護者と職員の会」保存資料から「陳情書、請願書、要望書、理由書」に分類されるものを概観・整理した。結果、親の会(とその関係者)が自閉症とその周辺への支援の拠点としての施設づくり運動を担ってきたことがわかる。今後の課題は、①あすなろ学園の親の会と職員の会の動き、そして②全国的な自閉症とその周辺をめぐる現場の実践と、③各種の制度化のながれを照らしながら、検討をしていくことである。そしてより具体的には、本稿で註釈したものにさらに解説を加えながら、先のながれ(及びその他)と照らし合わせて検討・考察し、今後の実践の課題につなげていくことである。

1. はじめに

日本における自閉症とその周辺(知的障害等の自閉症と合併しやすい障害)への支援運動の歴史研究は数が少なく、とりわけ自閉症支援の黎明期とされる1960年代の実像はよくわかっていない。当時、国内唯一の自閉症児のための専門施設として「あすなろ学園」(三重県立高茶屋病院内、1964年1月15日設立)があり、そこに集まって来た全国の自閉症児の親と、学園の職員をはじめとする支援者たちが黎明期における運動の担い手であったことはわかっている。しかしながら、当時の運動に関する資料は断片的なものしか残っておらず、運動の具体的な内容や、担い手となる個人や組織の変遷、それらの連続性・非連続性についてはほとんどわかっていない(詳しくは別稿を参照されたい)★01。資料が乏しく研究が進んでこなかった背景を、植木 [2022b]は次のように分析している。

共通する特徴[…] 当時、関係者の間ではこれらの活動自体はわりと知られていたものである。関係者にとってはわが子との生活を守ることが最優先であったため、多種多様かつ雑多な資料を保存し活動を引き継いでいくということについては、あまりあるいは殆どの場合がこだわりなく柔軟にやってきたと思われる。なぜなら、発行人・発行責任者、事務局・編集元は、このような家庭の状況に加えて各地と各世代間をつなぐボランタリーな担い手であるからだ。 活動としては現在にいたるまで、名称や各種の組織・団体登録の変更(任意団体や非営利活動法人、一般社団法人などの法人格取得など)を経ながら継続してきている。組織・事務局機能は、一貫した所在地がなく各家庭で引き継いできた。そしてその中で多種多様な資料が十分に保存されず引き継がれてこなかった。このような点がこの種の活動体(親の会など)の特性だと考えられる。[…] おわりに[…] 自閉症児者親の会は、自閉症児・者への理解を求めた組織・活動体の1つであったことは確かである。その担い手たちは、自主的かつ積極的な活動の連なりであった。各地・各世代間をつなぐボランタリーな活動特性があったがゆえにわかっていないことも多い。親の会黎明期を知る親が会の活動から離れていったり、高齢化していたり、場合によっては死去したりするといった現状を鑑み、現在につながる過程について、その連続性を明らかにしておくことが今後の課題である。またそれは今後の実践にも役立つものと思われる。 (植木[2022b])

こうした状況のなか、2020年、あすなろ学園の「保護者と職員の会」保存資料が、自閉症児親の会とゆかりのある、あすなろ学園関係施設の倉庫にて、山積みの段ボールの中から発見された。これらの資料(群)は、あすなろ学園の後身施設にあたる「三重県立子ども心身発達医療センター」にて、「三重県自閉症協会(三重県自閉症児者の親の会)」及び「あすなろ学園関係施設(檜の里あさけ学園、おおすぎれんげの里)」とその親の会関係者に共有された★02。資料は主として①〈写真アルバム集〉、②〈文集〉、③〈新聞切り抜きファイル〉、④〈陳情書、請願書、要望書、理由書等〉に分類される。 本稿ではこれら資料のうち、保護者と職員の会が国・県・関係機関等に自閉症支援の整備を求めて運動してきた記録にあたる、④〈陳情書、請願書、要望書、理由書等〉を対象とし、黎明期である1960年代の資料を整理する。これら資料を整理することは、自閉症とその周辺への支援の制度化を果たす上で重要なアクターであったと考えられる「保護者と職員の会」(及びその支援者)組織の活動を分析するために必要である。また、当時の親の会組織と、現在の親の会(とその支援者)組織との連続性あるいは非連続性を明らかにしたり、歴史的経緯を踏まえた上で今後の自閉症支援の実践や運動のあり方を議論したりするために有用な資料となりうる。以上が本稿の目的である。

2. 1960年代、あすなろ学園の親の会らによる「陳情書、請願書、要望書、理由書」

1960年代の陳情書、請願書、要望書、理由書を年月日順にNo1~7まで並べてその特徴を表に整理した。表では、資料の種別をA:陳情書、B:請願書、C:要望書、D:理由書とした。なお、本稿で掲載する1960年代の資料にはC:要望書に分類されるものはないが、今後別稿で同様に整理する予定である1970年代以降には存在するため、本稿を含め共通の凡例A~Dで分類することとした。またNo.1は、表紙の冒頭には「陳情書」とあるが3頁には「請願」とあるため〈A・B〉いずれも該当と分類した(頁を明記した各資料の全文は、別途「arsvi.com」ホームページ内の「あすなろ学園」頁http://www.arsvi.com/o/asunaro.htm に収録する)。

表1_植木
表1

以下、Noの順(年月日順)に資料を全文文字起こしして、掲載する。なお、No.1以外はすべて手書きである。資料の公開については、これら資料を管理する「親の会・施設づくり運動発起人会」メンバーであり、親の会・施設づくり運動の歴史を後世に伝える活動に取り組む「おおすぎ設立発起人会」役員の宮本隆彦に許諾を得ている(なお、★02にもこれに関する補足情報がある)。

2.1. No.1【1967年7月1日「自閉症児の教育施設等の整備に関する陳情・請願」(全国親の会)】★03

自閉症児の教育施設等の整備に関する陳情   陳情者      自閉症児親の会代表             文京区××(*原文は住所記載)              横山 佳子                  他 一八〇〇〇名           (*空欄ママ)殿  自閉症児の教育施設等の整備に関する請願                昭和四十二年七月 (*空欄ママ)日                          自閉症児親の会    自閉症児親の会
私達は(*行末始まりママ)本年二月二十六日、すべての児童の幸せを約束する児童憲章の精神に基づき、自閉症児についての啓蒙と治療教育、養護についての巾広い運動を行うことを目的として、自閉症児  親の会を設立し、この目的の為に、今まで各関係方面に運動して参りました。今後もたゆまず努力を続ける覚悟でございます。(*以下、改行一字空けなしママ) 自閉症は文字通り社会との交流を自ら断つ(ママ。以下同)てしまう情緒の障害で最近ようやく知能障害とは区別されるようになりましたが、まだその原因、治療法等は殆ど明らかにされておりません。しかし、自閉症児が「適切な治療教育をすれば必ず効果がある」ということだけは、学者も教育者も一様に認めて下さいます。  どうぞ社会の暖かい御理解により子供達と親の上に希望の光がさしますよう次の事項について早急に適切な措置を講じて頂きたく、ここに親の会々員、顧問、相談役の総意により請願申し上げます。 一、 公立学校に自閉症児を含めた情緒障害児のための特別学級又は実験が急を設置するようお願いします。 (理由) 自閉症児にとつて普通児との接触が一つの治療法といわれておりますので実験学級設置の際その点を御考慮願います。 二、 特殊教育綜合研究機関の設置をお願いします。 (理由) 自閉症児を含めた情緒障害児のために、その原因を追求し治療教育するための研究機関を作つて頂きたい。  その附属機関として教育部門、治療部門を設置し心理学、医学、教育学を含む共同研究の場を設け専門家の育成と研修にあたつていただくことを望みます。 三、 大学に児童精神衛生講座を設置するようお願いします。 (理由) 現在、医学課程において大学内に児童精神衛生講座はなく、医学生であつても、年に四回、六時間の講義を修得し得るだけであります。アメリカにおいては、精神医学課程を四年修得し、なお児童精神課程を二年経て、はじめて児童精神科医となり得ると聞いております。熟練した専門家がぜひ、これら研究には必要でありますから、この部門の開拓に力を注いで頂きたいのです。 四、 現在自閉症児を治療教育している諸機関に対して格別の助成をお願いします。 (理由) 現在、特志をもつた先生方が私立の機関で多くの困難に直面しながら、自閉症児の治療教育をし、効果をあげその結果、普通児に近くなつた子供も育つてきております。  しかし、一対一の人員を必要としても訓練をうけたカウンセラー、セラピストの数が少く、設備も不備の点が多々あり、先生方の個人的負担、苦労は大きなものがあります。  又、父母にとつても、その負担は大きく、週一回一時間の月謝、五千円が標準となつております。ぜひ、これら諸機関に対して適切な助成をお願いします。   請願の参考資料 一、 自閉症の現状(東京都及びその周辺地区)(*以下からこの参考資料の箇所はすべて、改行一字空けなしママ) 会に登録された児童数/ (昭和42年4月1日現在) 生年/昭和24年/男/1名/女0名/計1名 生年/昭和25年/男/0名/女0名/計0名 生年/昭和26年/男/1名/女0名/計1名 生年/昭和28年/男/3名/女0名/計3名 生年/昭和29年/男/5名/女0名/計5名 生年/昭和30年/男/2名/女1名/計3名 生年/昭和31年/男/4名/女0名/計4名 生年/昭和32年/男/15名/女3名/計18名 生年/昭和33年/男/17名/女4名/計21名 生年/昭和34年/男/31名/女6名/計37名 生年/昭和35年/男/45名/女9名/計54名 生年/昭和36年/男/21名/女7名/計28名 生年/昭和37年/男/20名/女4名/計24名 生年/昭和38年/男/6名/女1名/計7名 生年/昭和39年/男/1名/女2名/計3名 不明/男/17名/女6名/計23名 合計/男/189名/女44名/計233名 昭和36年3月以前に誕生した児童150名中、就学、未就学の別 就学/54/未就学54/不明/42 就学児童54名中普通学級、特殊学級、入級の別 普通学級/35名/特殊学級/19名 未就学児童54名中、就学免除、就学猶予の別 就学免除/9名/就学猶予/45名  この表は親の会の統計による資料で不備の点もありますが、昭和三十五年に児童数のピークがみられるのは、この時期が現在就学年令に達つしており、それまで家庭にあつて保護され、おかしいと思つても診断を受けなかつたものが就学時のテストにより判明したものと思われます。  しかし、それ以前に出生した児童が少数であることは、自閉症児と診断されず精神薄弱児又はその他の障害児としてすでに他の対策により取扱われているものとも考えられます。年令層が下になるにつれて今後の増加傾向がうかがわれるので早急な対策の必要を痛感します。 二、 自閉症児の問題点  1 就学年令以前の児童の場合  殆んどが家庭にあつて週一、二回のプレイセラピーまたは通院のみで、文字通り親は一瞬も子供から目を離すことができず神経をはりつめて生活をしております。「常同行動」「言語生活困難」「感情の爆発」「固執」など自閉症児特有の性癖になやまされる最も養育困難な時期であります。  この間、集団生活(他者との交わり)がこの子達の治療に必要であるにもかかわらず、親子共々自閉的な生活を強いられ崩壊する家庭もあります。万一、母親が病弱で養育が出来なかつたら、この子達は一日も生きて行けないと言つても過言でなく、殆どの母親が、例えば歯痛に悩まされてもその治療を受けることが出来ず、身体の疾患なども検査をうけることさえ困難であります。母子共精神衛生管理の必要な時期であります。また週一、二度のプレイセラピーによつて状態が緩和されることがわかつても、その費用で多額で週一回一時間のセラピーに五千円を要する現状であります。 2 就学出来ない状態の子供の場合  症状は多様であり、理解さえあれば入学出来ると思われるもの、また理解をもつてのぞんでも、就学は無理で、なかには家庭における養育さえ困難な者もいます。この場合本人の状態の悪い者、或は本人よりも家庭環境に問題があること等が挙げられます。例えば止むを得ず自閉症に適さない環境に入れて言語が消失し家族の見分けも出来なくなつた者の報告もあります。同様の例で本人を家庭に戻した結果、近隣から苦情が絶えず、家具はこわれ、布団は敷きつぱなし、ガラクタの中に昼間も雨戸を閉めて母親がつきつきりでいるというケースもあります。いずれにせよ、本人の症状は固定的なものではなく、変化するものと思われ、特に五~六才、十一~十二才においてこの変化が統計的に示されております。従つてかなり重症と思われるものであつてもその取扱いは慎重を要すると考えられます。 3 就学児童の場合  普通学級に入級している者が三十五名と多数のように見えますが普通学級に適応しているものは数少なく、数多の問題をかゝえながら、親の努力と教師の熱意により辛うじて支えられている現状であり、現段階の受け入れ体制では早晩何らかの問題が惹き起こされると思われます。就学児童中相当数の者が母親の付き添いのもとに出席している事実がこれを物語るものであります。現在、就学して幸運にも自己の才能を伸ばしている者もありますが、なお長期の観察が必要であり、彼等の今後を予想する時、親としては最悪の場合を考慮せずにいられません。(年令の高い者が会員中に少ないので、その実情の把握ができないのは残念です。) 4 特殊学級入級児童の場合  精神薄弱と異質の自閉症児にとつては特殊学級が、精神薄弱児を対象として一般に「訓練を主たる教育手段」としている現状から、廔々適応困難となります。  親の努力と担当教師の個人的な熱意と工夫に依存して辛うじて自閉症児に特殊学級における教育の場が与えられているに過ぎないのであります。     自閉症児親の会の現状 一、 沿革  自閉症児親の会は、昭和四十一年十二月、日本総合愛育研究所、三重県立高茶屋病院内あすなろ学園、東京都立梅ヶ丘病院、東京(私立)栄光幼稚園、慶応大学医学部、社会福祉法人嬉泉こどもの生活研究所、東京医科歯科大学、東京大学医学部分院、日本社会事業大学こども相談室、武蔵野日赤こども相談室、都立三鷹教育研究所(五十音順)等に於いて、自閉症児と診断・治療をうけている者の母親四十余名が自発的に集まり、この子供達に適切な治療と教育の場を与えてほしいと、手をつなぐべく起ち上がつたのがその母胎であります。  昭和四十二年一月十五日発足準備会をひらき、設立大会にそなえ、更にひろく呼びかけを決議し、二月二十六日には、常陸宮、同妃殿下をお迎えして設立大会をひらき、正式に「自閉症児親の会」として発足しました。  顧問三名、相談役三十七名、会員は東京、神奈川、埼玉、千葉を中心として、現在二百三十三名(児童数)であります。会は幹事二十数名により月一回(原則)幹事会をひらいてその運営にあたつております。会員に対しては、隔月(四月・六月に実施)に例会をもつて問題にみちた我が子を如何に育てるべきか、如何に社会に受け入れてもらうか。個々の大きな悩みを会全体としてまとめ、子供たちのために拓り(ママ)開くべく真剣に討議しています。なお六月初旬に会誌‶いとしご″創刊号を発行、会員相互の励ましと各方面へ自閉症の理解のために頒布、この他会報を隔月(五月に第一号発行)に発行しております。  現在、北海道、仙台、静岡、名古屋、大阪、神戸、あすなろ学園等の各地区の親の会とも連絡をとつていますが、今後も足並みを揃えて進み、近い将来、纏まつて全国組織をつくるつもりであります。  賛同者数  一万八千名

2.2. No.2【1967年12月1日「年長児病棟設置に関する理由」】★04

以下、[…]のみ筆者による中略を示す(*当該データとして実質なしを示す「0」の記述が続くため略す)。

    年長児病棟設置に関する理由 はじめに  昨今 高茶屋病院に入院する児童数は (空白ママ。以下同)これを制限しようとする努力にかゝわらず 増加の一途をたどり 現在 年少児五十三名中 児童病棟で入院治療をうけているもの四十名、年少児四十一名はすべて他の病棟におかれている現状です。これら 年長児は いうまでもなく 心身ともに発達途上にありますが 年少児と同一集団としてあつかうには 知的 体力的な差が大きすぎて集団的な治療 病棟における日常生活等に 重大な問題があり 一応 現在あるような児童病棟では取扱いが不能であります。 その心性について  年長児の中でも もっとも精神的危機的状況を呈しやすいのは 十四~十五才からであり、身体的にも身長、体重、胸囲さらに循環器系、消化器系は この期間に最もよく発育し、とくに内分泌系の変化は急速著明なものがあります。   中でも 性的成熟はいちじるしく この時期におけるほとんどすべての行動特性には 性的色彩が著明に伴なうと認められるほどです。 さらに 急速に成長する身体、性欲の自覚、社会集団からの期待と規制といった問題が一挙に自我意識にめざめはじめた個体の中で意識化され 統合解決されることを要求するのであります。  そこに 反抗、自己主張 優劣の意識 孤独 煩悶 不安あるいは憧憬 期待 好意 行動化の傾向、粗暴 内閉といった精神面 行動面での不均衡状態を呈するものであります。 とくに重視すべきは、この時期において過去の乳幼児期にかけての心理的諸問題、信頼と不信、分離不安、自発性と自主への要求と罪悪感、超自我の形成、自信と劣等感 エディプス状況の問題、同一化と同一性の障害、集団同一視と孤独等数多の問題のうち未解決の部分が きわめて劇的にその困難な状況において混然として再燃してくることであります。 ・病態について(*この項は以下からすべて、改行一字空けなしママ) この時期では 精神障害といっても性格異常への傾向や、多数の神経が交錯して あらわれることが多く その特異性について診断治療上の考慮が要求されます。 たとえば 一見きわめて予後不良とみられる分裂病症状を呈するばあいも 必らずしも従来の成人における知見に合致せず 年長児独特の治療方法をとれば 一般に予後良好なるものであります。また 年少児期に発病して慢性的に経過した精神障害児にとっても この時期は 治療上大きな機会となりました。 本来 年長児期の精神障害は 成人に比較すれば 予後のよいものです。しかしながら 彼らを一般病棟においたのでは 成人分裂病群の中に 孤立 埋没せしめ症状固定にいたり、ふたたびこれを正常にもどし難いのであります。 現状について  この点 春秋に富む彼らにたいする処遇の重要性はいうまでもないところですが、病棟には一般病棟に収容されることのため 彼らにたいする最も効果的治療法の一つである集団的取扱いが不可能となっているし 日常日課の学習 躾、運動、食事 娯楽の類いにしても きわめて不適切なものに終ることを余儀なくされています のみならず喫煙おぼえ 性的関心をさらに刺戟され 同性愛的行為を示唆 命令されたり あるいは 精神病質者から反社会的な感化をうけたりすることは むしろ治療的マイナスとなるものであります。 対策について  十四~十五才より 十九才までの患者は同一病棟内で治療すべきであり また彼らの特性に応じた病棟構造をとることを 要します。  近来 年長児精神障害者の増加とその対策については われわれの憂慮するところでありますが 本県においても まずとりあえず 年長児病棟を設立してその本人と親の将来に光明を与たえられんことを 切望するものであります。                          三重県立高茶屋病院                       一九六七年十二月 三重県立高茶屋病院児童病棟あすなろ学園     就学児状況調    昭和42年12月1日現在(*以下からすべて、改行一字空けなしママ) 院内 小1/8才/男0名:女1名[…]/10才/男2名:女1名[…]/合計/男2名:女2名 小2/9才/男2名:女0名[…]/合計/男2名:女0名 小3/8才/男1名:女0名[…]/合計/男1名:女0名 小4/10才/男1名:女0名[…]12才/男1名:女0名[…]/合計/男2名:女0名 小5/10才/男0名:女1名[…]/合計/男0名:女1名 小6/11才/男2名:女0名/12才/男0名:女1名[…]/合計/男2名:女1名 ●小/合計/13名 中1/14才/男2名:女0名[…]/合計/男2名:女0名 中2/13才/男1名:女0名[…]/合計/男1名:女0名 中3/16才/男1名:女0名[…]/合計/男1名:女0名 ●中/合計/4名 8才/合計/2名 9才/合計/2名 10才/合計/3名 11才/合計/2名 12才/合計/2名 13才/合計/1名 14才/合計/2名 15才/合計/0名 16才/合計/1名 ●全合計/17名 院外 小1/[…]/合計/男0名:女0名 小2/8才/男2名:女0名[…]/合計/男2名:女0名 小3/9才/男1名:女0名[…]/合計/男1名:女0名 小4/9才/男1名:女0名[…]11才/男1名:女0名[…]/合計/男2名:女0名 小5/[…]/合計/男0名:女0名 小6/11才/男1名:女0名/12才/男1名:女0名[…]/合計/男2名:女0名 ●小/合計/8名 中1/12才/男0名:女1名[…]/14才/男1名:女2名[…] 合計/男1名:女3名 中2/[…]13才/男2名:女0名/14才/男0名:女1名/15才/男0名:女1名[…]/合計/男2名:女2名 中3/14才/男1名:女0名/15才/男2名:女3名[…]/合計/男3名:女3名 ●中/合計/14名 8才/合計/2名 9才/合計/2名 10才/合計/0名 11才/合計/2名 12才/合計/2名 13才/合計/3名 14才/合計/5名 15才/合計/6名 16才/合計/0名 ●全合計/22名

2.3. No.3【1968年9月17日「あすなろ学園 高茶屋小学校 南郊中学校 分教室建築についての陳情書」】★05

あすなろ学園 高茶屋小学校 南郊中学校 分教室建築についての陳情書              陳情者                あすなろ学園 保護者会                  代表 若林 敏昭                五十鈴会                  代表 寺内 靖恒              (*空欄ママ)殿 あすなろ学園 高茶屋小学校 南郊中学校 分教室建築についての陳情書  昭和四十三年九月十七日        あすなろ学園保護者の会        五十鈴会  昨年県立高茶屋病院内に自閉症児を含めた重度情緒障害をもつ 不幸な子どもたちのために分教室を設置していただきまして 親にとっては地獄で仏に あったような 本当にありがたい気持でいっぱいでございました。  憲法 児童憲章 教育基本法は すべての子どもに就学の権利を保障しておりますが教育を受ける機会は与えられましても教育を受ける適当な教室がございません。(*以下4つ、改行一字空けなしママ) 現在病棟の一部 観察室自習室の2部屋を教室にあてて授業を受けていますが 入級児がしだいに増えてきて 現在の教室では7名までが限度ですが9名が入り 身動きもできない現状では学習にもなりません。 それになるべく健康児に近い学習の機会が与えられるようになりますと 学業成績は とも角としても子どもの病状を著るしく好転させることは この道の専門家の意見の一致するところであります。(*以下、改行一字空けなしママ) あすなろ学園内分教室が設置されて以来不安な状態であった子どもたちが学校という教育の場で 想いもかけぬ成長をいたしました。親も気付かぬ成長力を たとえ病児とえども潜在させているということを あらためてしらされました。 本年より入院児童 生徒数の増加にしたがって 先生は一名増員されましたが 教育を受ける場所は以前のまゝです。  この子たちは環境によって情緒の変化が非常に強いものです。 治療にあたる場合には治療室に 運動は体育館(病院の)運動場 屋外にと変化をもたせ 不安な状態を除かせると共に いかなる場においても その場の雰囲気に適応できるように なるように 願っております。  その面から考えましても 教育の場は 教室が最適の場でると 私たち教育には全く素人の親が考えてもわかります。  私どもは 不幸な子どもをもって 社会一般の方々の想像も つかぬ苦悩をおくってまいりました。  それが昨年 全国に先がけて分教室を設置していただいてより 前途に一すじに光明を見い出しましたが あまりにも普通学校とかけはなれた名ばかりの教室ですしずめで学習している子をみるにしのびません。  せめて自由に身体が動かせ 自由に学習できる教室を建築してくださることを心から願ってやみません。 以上            三重県津市高茶屋小森町二二二五の一番地                 県立高茶屋病院内

2.4. No.4【1968年9月17日「自閉症治療病院設置にかんする陳情書」】★06

自閉症治療病院設置にかんする陳情書         陳情者           あすなろ学園通園児親の会 代表 渡辺 信之           あすなろ学園保護者会   代表 若林 敏昭           五十鈴会         代表 寺内 靖恒     昭和四十三年九月十七日  三重県知事  三重県衛生部長 殿(*以下、文末に「。」なしママ、改行一字空けなしママ) 近来 児童生徒の中にいわゆる自閉症児の数が増加しておりますが これまで自閉症児をかかえながら適当な治療施設としてはあすなろ学園以外に知るところがなく しかもその入院待機ケースが山積しているという状態です(昭和四十三年八月三十一日現在八一五名)。 このままでは わたしたちの子どもは治療されないまゝに年を経ることになります さいわいにして昭和四十三年度は国の予算決定に際しようやく自閉症対策が考慮されるようになりました 本県においても なお治療をうけられずに放置されている自閉症児 とくにその年長児はきわめて多いといえます 何とぞ児童憲章第十一章「すべての児童は身体が不自由な場合 また精神の機能が不十分な場合に適切な治療と教育と保護が与えられる」の精神にもとずき(ママ) わたしたちの子どもにも適切な治療と教育を受けることができるよう 左記事項の実現を切にお願い申し上げます 一、 あすなろ学園に百二十床の自閉症児の収容入院治療施設を設置すること 二、 入院治療施設に通園治療施設を併設すること 三、 入院および通園の自閉症治療を保障するに足る人的要員を確保すること 以上 2.5. No.5【1968年11月4日「自閉症治療病院設置にかんする陳情書」】★07  以下のとおりである。 自閉症治療病院設置にかんする陳情書         陳情者           あすなろ学園通園児親の会 代表 渡辺 信之           あすなろ学園保護者会   代表 若林 敏昭           (住所 三重県津市高茶屋小森町県立高茶屋病院内)     昭和四十三年十一月四日  (*空欄ママ)殿 (*以下、改行一字空けなしママ) 近来 児童生徒の中にいわゆる情緒障害児や自閉症児の数が増加しておりますが 私たちはこうした子どもをかかえて 適当な治療施設としては あすなろ学園以外に知るところがなく しかもその入院待機ケースが山積しているという状態です(昭和四十三年八月三十一日現在八一五名) このままでは わたしたちの子どもは 治療されないまゝに 年を経ることになります。 (*以下からすべて、文末に「。」なしママ、改行一字空けなしママ) さいわいにして昭和四十三年度は国の予算決定に際し ようやく自閉症対策が考慮されるようになりました。三重県においても なお治療をうけられずに放置されている自閉症児 とくに その年長児は きわめて多いといえます 何とぞ児童憲章第十一章「すべての児童は身体が不自由な場合 また精神の機能が不十分な場合に適切な治療と教育と保護が与えられる」の精神にもとずき(ママ) わたしたちの子どもにも適切な治療と教育を受けることができるよう 左記事項の実現を切にお願い申し上げます 一、 三重県立高茶屋病院あすなろ学園に百二十床の児童入院治療病棟(うち自閉症病棟として四十床)を設置すること 二、 入院治療病棟に通園治療施設を併設すること 三、 入院および通園の自閉症治療を保障するに足る人的要員を確保すること 以上

2.6. No.6【1969年2月3日「あすなろ学園高茶屋小学校・南郊中学校分教室建築にかんする陳情書」】★08

 あすなろ学園高茶屋小学校・南郊中学校分教室建築にかんする陳情書     昭和四十四年二月三日        あすなろ学園保護者会 代表 若林 敏昭        五十鈴会       代表 寺内 靖恒 (*空欄ママ)殿  昭和四十三年四月より県立高茶屋病院内に自閉症児をふくめた重度情緒障害児のため小中学校分教室を設置していただき親として感謝するところであります。その後分教室では熱意ある教師諸先生によつて大いに成果をあげているところであり 私たちも教育をうけるようになつてからの 子供たちの変化と進歩に目をみはるとともに やはりこの子供たちは教育をうける必要があつたのだということを今さらのように痛感しているわけであります。  ところが現在病院では教育をうけるに適当な教室がないため 病棟の一部 観察室(三坪)と自習室(三坪)各一室をそれに転用しているような状況であります。たとえば三坪の教室に対して教育をうけねばならぬ小学生は一七名 中学生も二十名近くおります。このためせつかく教育をうけることを制度上可能にしていただいても 実際には教室がせまくて教育の場からはみ出す子供たちが多く 身動きできぬような空間に彼等の半数をうめこんで勉強させているような現状です。  これではあまりにかわいそうですのでぜひとも規定の広さをもつた教室を建設して下さいますよう、また分級で教育をうけることのできる子供をすべて収容できるような教室を建築して下さいますようお願い申し上げる 次第でございます。

2.7. No.7【1969年7月25日「昼間通園治療施設設置に関する陳情書」】★09

 三重県知事殿       三重県家族連合会  代表 寺内 靖恒       あすなろ学園家族会 代表 西(ママ) 一九六九年七月二十五日    昼間通園治療施設設置に関する陳情書  三重県においては 精神障害児をはじめ 情緒障害、行動異常 神経症の子どもの発病が年々増加しています。 唯一の専門病院である「あすなろ学園」には、すでに一,〇〇〇名の外来通園治療の希望者があります。(*以下からすべて、改行一字空けなしママ) しかし 現在では、ごく少数の者しか 外来通園治療が 受けられぬほど施設が貧弱であり、人的配置もありません。  昼間治療施設があれば短期間に 正常児と同様になり義務教育を受けて人間として成長できます。 将来能力に応じた職業を選び社会に貢献し 有用な人間として日本の経済発展の担い手にもなれます。 現状では 問題児のまゝで 義務教育も通園治療も受けられず、長年放置されております。 その結果は、本人の将来を全く希望のないものにし、廃人同様にします。 そのため 親や同胞に はかり知れぬ苦痛を与え それ以上に本人を苦しめ一生を問題児 精神障害者として送らねばなりません。 児童の精神障害児、問題児(ママ)は早期にすゝんだ治療を受ければ きわめて 治療率が高いと専門の先生からききますごとに はがゆい日々を送っております。 何とぞ事の急務と重大性を おくみ取頂きまして 児童精神障害児(ママ)のための昼間通園施設を「あすなろ学園」に設置していたゞくよう切にお願い申し上げます。

3. まとめ

本稿では、あすなろ学園の「保護者と職員の会」保存資料のうち、1960年代の陳情書、請願書、要望書、理由書の特徴を整理し、全文文字起こしを掲載した。今後の課題は、保護者と職員の会の運動が何をなし得たのか/なし得なかったのかを明らかにすることである。本稿で文字起こしした保存資料を、a. 全国の親の会の動き、b. 実践の現場の動き、c. 自閉症に関する支援の制度化の流れ、などと照らし合わせながら分析していく。分析に際しては、国会での審議・討論の議事録、親の会や施設に残された他の資料なども参照する必要がある。また、必要に応じて、当時を知るもの(その多くは亡くなったり、親及び本人の入所あるいは高齢化などの事情もあって会の活動を離れたりしているが、おぼろげながらに当時のことを伝え聞き、推察することができる親の会関係者がわずかながら存在することを確認している)から聴き取り補足をし、詳細を明らかにしていきたい。

■註

■文献

  • あすなろ学園保護者と職員の会 1967 「あすなろ学園保護者と職員の会々報 No.7」(1967年3月15日発行)
  • 自閉症児親の会 1969 『いとしご』(3) (1969年1月20日発行)
  • 三重県自閉症協会 2020 「おしらせ」,『三重県自閉症協会ホームページ』(2020年9月20日取得,http://www.ztv.ne.jp/tbatuhk3/miejihei/osirase.html )(*現在、非掲載)
  • 高橋悟 2020a 「メモ/あすなろの成り立ちに関して」(2020年8月21日(私信))
  • ———— 2020b 「メモ/あすなろ022」(2020年9月15日(私信))
  • ———— 2020c 「メモ(便り 資料)/あすなろ学園分離独立までの歴史」(2020年10月9日(私信))
  • 植木 是 2021 「自閉症児の親の会(日本自閉症協会)の前史的活動に関する一考察 ――1964年設立の三重県あすなろ学園とその親の会関係資料から」, 障害学会第18回大会
  • ———— 2022a 「1960年代の黎明期自閉症児の親の会と全国組織化の過程――三重県あすなろ学園とその親の会、および「自閉症児親の会」の関係資料から」,『立命館生存学研究』(6): 117-127
  • ———— 2022b 「1980年代三重県あすなろ学園とその周辺からみる自閉症児・者の親の会の活動——「自閉症施設法人(社福)おおすぎ・れんげの里資料室」(仮称)設立準備室の担い手、宮本隆彦の所蔵資料集から」,障害学会第19回大会
  • ———— 2022c 「1964年、「あすなろ学園」の開設はどのように報じられたのか――「保護者と職員の会」の保存資料から」,『遡航』4: 100-118