1. 情報保障成果物のアーカイヴ
視覚障害者の情報保障と、資料等のアーカイブは、もともと別の話である。しかし、情報保障として墨字(紙にインクで印刷された)文書を視覚的に把握できない視覚障害者(筆者もその一人)のために、非視覚的な方法(音声や点字等)で把握できるように、テキストデータ等に変換して提供するということがある。多くの場合、このテキスト化は、視覚障害者本人が、必要な資料を誰かに頼んでおこなってもらうのであるが、その成果物であるテキストデータを、依頼者本人だけが私蔵してしまうのは、もったいないという感じが出てくる。もし他の視覚障害のある人が、その資料を読みたいと思った場合、そのテキストデータの存在を知らなければ、初めからテキスト化を誰かに依頼して作業してもらうことになるが、そのテキストデータが既に存在していることを知り得て、そのデータが入手可能であるならば、わざわざテキスト化をやってもらう必要はなくなる。視覚障害者の間で、自分たちが把握可能な形態に変換された情報を共有する意義は大きい。こういう形で、視覚障害者の情報保障の成果物がアーカイブされるということが出てくる。
この情報の変換(墨字→点字、音声、テキスト)と、その成果物の所蔵、貸出の機能を100年余にわたって担ってきたのが点字図書館である。図書館(library)とアーカイブ(archive、公文書館?)の機能がどう違うのかはわからないが、また、ここで議論されるアーカイブがどういうものであるのかも不明であるが、ある種の情報を保存し、共有し、共同利用するシステムとして捉えるならば、点字図書館もアーカイヴ的であると言える。
さらに、「もったいない」ことを拡張すると、視覚障害者のためにテキスト化されたデータは、目の見える人たちにとっても有益であり、利用できれば便利であるということが出てくる。
2. 立命館大学障害学生支援室の『全障連』テキスト化プロジェクト
筆者は障害教員運動史を研究しているが、これまで障害教員団体や障害者団体の機関誌等を、立命館大学の障害学生支援室に依頼してテキストデータ化してもらってきた。「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会(障教連)の『障教連だより ひとすじの白い道』や、視覚障害者労働問題協議会(視労協)の『障害の地平』、そして全国障害者解放運動連絡会議(全障連)の『全障連』などである。『障教連だより』は新たに冊子を筆者が入手してテキスト化を依頼したものだ。視労協や全障連の機関誌は、立命館大学生存学研究所の書庫に所蔵されていた墨字の冊子をテキスト化したのである。たとえば、『全障連』のテキスト化の作業工程は以下のとおりである。
2020年11月に、筆者が『全障連』のテキスト化について障害学生支援室に依頼。『全障連』全86冊は生存学書庫からの貸出は禁じられているが、生存学研究所・立岩所長の承諾を得て、支援室職員が書庫から支援室に搬出。まず、富士ゼロックスの複合機で冊子をスキャンし、接続されているPCのDocuWorks上に保存された画像データを読み込んでOCRにかけ、校正前のデータを作成した。筆者の優先度の高いものを選ぶために、目次データを送ってもらい、障害教員関連の記事を先にテキスト化してもらった。
2021年度に入り、支援室のサポートスタッフ(学生アルバイト)らが『全障連』全文のテキスト化作業に入るために、5月にデータの共有先としてOne Driveにフォルダを作成した。コロナ前のサポートスタッフの活動範囲は学内に限られており、テキスト校正作業も学内でおこなうルールになっていた。しかし、コロナ禍となり行動制限がでたことで学生の移動が難しく、ワンドライブ上で作業をおこなうことにした。ワンドライブを使用することで、在宅でも作業ができるようになった。
支援室職員(事務補助職員の援助もあった)が原本冊子の全ページをコピーし、そこから作成された画像のPDFデータと、OCRにかけて作成した未校正のテキストデータ(word)を支援室のワンドライブを使ってサポートスタッフ(学生アルバイト)の各フォルダに入れることで、データの受け渡しをおこなった。
サポートスタッフは、自らのPCを使い、原本PDFと見比べながら、テキストデータの校正作業をおこなっていく。不明なところは、ハイライトをつけて支援室職員にメールをする。職員がハイライト部分を確認し加筆・修正し、サポートスタッフに返信する。各号1冊分の作業が終了したら、支援室職員が1つのテキストファイルにまとめ、目視で内容を確認し、さらにPCのスクリーンリーダー(音声読み上げ)で確認して、作業は終了となる。
この音声確認は意外と重要で、目視で発見できない誤変換を見つけ出すことができる場合がある。たとえば、「データ」が「デ一夕」となっていると、目視では似た形の文字であるものの、視覚障害者にとっては似て非なるもので、スクリーンリーダーでは「でいっせき」と読み上げるので、まったく意味が通らない。
このような作業が各号ごとに繰り返され、2022年5月に、障害学生支援室から筆者、及び生存学研究所に『全障連』の全テキストデータと画像PDFデータが送信・納品された。
『全障連』のテキスト化を実施した期間は、立命館大学衣笠キャンパスの障害学生で、テキスト校正のサポートが必要な学部生はおらず、支援室、サポートスタッフとしては、筆者から依頼されたものに注力することができた。サポートスタッフのテキスト校正のスキルのキープ、活動の継続という意味でテキスト化するものがあるということは良かったと、支援室職員は感じているようだ。
サポートスタッフになるためには、1時間程度の講習会に参加し、校正等のルールを学ぶことが求められる。この講習会では、生存学研究所のホームページに掲載されている「テキスト校正作業の手順」を参考にしてサポートスタッフに学んでもらっているという。
3. アーカイヴ化の課題
このようにしてデータを生存学研究所のHPにアップロードしたことにより、時空の制約を超えて、いつでも、どこにいても、そして視覚障害があろうと無かろうと、読めるようになった。既に、いろいろなかたちで利用されはじめているようである。この「『全障連』テキスト化プロジェクト」は、立命館大学の生存学研究所と障害学生支援室との連携でおこなわれたものであり、関係者の了解を得つつ、比較的スムーズに遂行されたものであると言える。だが、本来別のものである障害者の情報保障とアーカイヴを結びつけるには、単に「もったいない」というだけでは済まされない課題がある。以下、思いつくまま列挙する。
①私的にテキスト化を依頼してできあがった成果物を、他の人と共有したり、公開したりすることに、問題はないのか。目的外使用にならないか。
②アーカイヴにデータを移行、所蔵することと、それをHP等で公開することとには、大きな意味の隔たりがあり、峻別して考える必要があるのではないか。
③私的利用から公的利用(アーカイヴ)への移行、公開には、どのような手続きが必要か。誰の許諾を得なければならないか。公共性を誰が判断するのか。
④著作権、プライバシーの権利等を、どのように守っていくか。
他にもまだまだありそうだが、それらの課題に慎重に対処しつつ、有益なデータの共有がなされていくようになればと願っている。
なお、本稿は、2020年8月28日にオンラインで開催された立命館大学大学院先端総合学術研究科院生プロジェクト「障害者と労働」研究会例会での議論、及び2022年9月8日にオンラインで開催された立命館大学障害学生支援室交流会での協議を参考にしてまとめたものである。
【関連ホームページ】
「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会(障教連) 『障教連だより ひとすじの白い道』http://www.arsvi.com/m/sskah.htm
視覚障害者労働問題協議会(視労協) 『障害の地平』
http://www.arsvi.com/m/sc2.htm
全国障害者解放運動連絡会議(全障連) 『全障連』
http://www.arsvi.com/o/zsr.htm#m
資料編 テキスト校正ガイドブック
https://www.ritsumei-arsvi.org/publication/center_report/publication-center12/publication-193/