【論文(査読無し)】 日本のウェブアーカイブはいかに形作られたか ───1990年代末から2000年代初頭にかけて議論を通して 山口 和紀(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
2023.04 『遡航』007号 pp.35-53
ネットワーク系電子出版物、納本制度審議会、国立国会図書館、ウェブアーカイブ
要旨

日本で唯一の法的に実施が定められたウェブアーカイブである、国立国会図書館による「ネットワーク系電子出版物の制度的収集事業(通称WARP)」がどのような議論を経て形成されたのかを論じた。国立国会図書館の納本制度調査会/審議会の議事録から、議論を整理した。第一に、ウェブアーカイブを既存の納本制度の枠組みの中に入れるか/新たな制度を外側に設けるかが議論の中心となり、新たな枠組みを設けることが決まったことを明らかにした。第二に、公的機関/民間を問わない包括的なウェブアーカイブ事業の形成も視野には入っていたが、2000年代初頭の議論の中で「公的機関」のみを制度的収集の対象とすることが決まったことを明らかにした。。

1. はじめに

1-1. 日本のウェブアーカイブの概況

ウェブ上の情報を後世に残そうとする試みはウェブアーカイブズと呼ばれ、世界各地で行われている。その嚆矢であり、いまなお最も代表的なアーカイブは、アメリカの非営利団体「インターネット・アーカイブ」が2001年に開始した「ウェイバック・マシーン」である。  ウェイバック・マシーン(WayBack Machine)とは、米国の非営利組織であるインターネット・アーカイブ(Internet Archive)が提供しているウェブアーカイブのことである。これまでに保管されたページは8,000億(2023年4月現在)★01を超える。もっとも知名度のあるウェブアーカイブである。  日本国内のウェブアーカイブとしては、「国立国会図書館インターネット資料保存事業」がある。これは「Web Archiving Project」の頭文字をとって、「WARP」などと呼ばれる。WARPは2002年から実験的に事業化が行われているウェブアーカイブである。ウェイバック・マシーンとWARPの違いは、両者を比較した研究(山口[2022])に詳しい。 ウェイバック・マシーンは米国著作権法(第107条)における「フェアユース」規定の解釈に依拠している(山口[2022:74])。これは日本語で「公正な利用」と訳される概念であるが、社会的公正の範囲内における利用であれば、著作者の独占的排他権は制限されるとする規定である(東[1999:67])。ウェイバック・マシーンは自らの公開と収集は公正な利用の範囲内であると主張しているのである。ウェイバック・マシーンの特徴は、そのページの管理者や著作権者を問わずあらゆるページをアーカイブしようとすることにある。対して、現時点でWARPが行っているアーカイビングの対象は、そのほとんどが公的機関に限定されている。 そもそもWARPでは①「制度収集」、②「選択的収集」を行っている。制度収集というのは、対象を公的機関に限って、個々の収集についての許諾を得ずにそのインターネット上の情報/資料を収集することである。ここでいう公的機関とは国立国会図書館法第24条に定められた機関、すなわち国の機関、地方自治体、独立行政法人、国公立大学法人、特殊法人等である。WARP事業のメインは制度収集にある。 対して、選択的収集は、個々の収集について管理者等に許諾を得て、公的機関「以外」のウェブ情報をアーカイブするということである。量的には制度収集よりも少ないものになっているが、制度収集と異なりロボットによる自動収集ではないため、収集量に限りがある。収集対象のサイトに対して、個別に事務的な手続きを踏むことも、収集量の少なさに影響していると考えられる。  このように比較すると、ロボットによる自動的な収集(あるいは個々のサイトに対して許諾を得ない収集)に限れば、ウェイバック・マシーンは「官民」の両方を集め、WARPは「官」のみを収集していることになる。

1-2. 問題の所在と目的

「官民」すべてを集めるウェイバック・マシーンがある一方で、「官」のみを制度的に収集するWARPがある。なぜ、WARPは「官」のみを制度収集の対象としているのだろうか。あるいは、そうせざるを得ないとすれば、なぜそうせざるを得なかったのだろうか。 このような問いをたて、本稿ではWARP事業がどのような議論のもとで形成されたのかを整理する。とくに、公的機関のみをアーカイブの対象とする法律枠組みを新たに国立国会図書館法に付す形で、ウェブアーカイブが形成された経緯に着目する。 先行研究において、WARP事業がどのように議論され、形成されていったのかについての体系的研究はないが、その概要はいくつかの研究において論じられている(田中[2000],廣瀬[2003],廣瀬[2005],武田[2008])。 日本におけるウェブアーカイブズの構築は「納本制度改革」の一環として議論されたことが指摘されている(田中[2000])。その議論の黎明期においては、インターネット/ウェブ上のホームページ等を「出版物」としてとらえ、国会図書館の「納本制度」の中に取り込むことが見据えられていた。納本制度の内部にウェブ・アーカイビング事業を位置付けうるかどうかの議論は、その後の議論の核となっていく。結論としては、既存の「納本制度」とはあまりにも性質がかけ離れているということになり、デジタルアーカイブのうち、いわゆるウェブアーカイブに相当する部分については、納本制度とは別の枠組みで制度化されることになった。 最初の大きな動きとして、1997年の「納本制度調査会」の設置がある(田中[2000])。「電子出版物」の急激な増加、その社会的な浸透を見越し、国立国会図書館(以降、NDLと呼ぶ)がどのようにそれらの情報を集め、公開していくのか。このことを議論する場として設置されたのである。 1999年、同調査会はその答申として、「答申 21世紀を展望した我が国の納本制度の在り方—―電子出版物を中心に」を提出する。ここで「ネットワーク系電子出版物」という概念が提起される(定義については後述する)。これはいわゆるインターネット上のブログやホームページを指している。さらに、この「ネットワーク系電子出版物」をどのように収集し、利用に供するのかについても提起されている。これがいわゆるウェブアーカイブのことである。 ネットワーク系電子出版物の収集に関わる議論は1990年代後半から2000年代にかけてなされ、その後制度化されていくことになる。その検討を担ったのは、納本制度調査会を前身とする「納本制度審議会」であった。  国立国会図書館が行うネットワーク系電子出版物の収集について「官」のみを制度的な収集の対象とすることが決まるのは、第8回納本制度審議会(2003年6月25日)である。本稿ではこの第8回までの議論を追うことにする。その後の議論も重要であるが、網羅的な議論を一つの論文で行うことは難しいため、それらについては別稿を設けることにする。

1-3. 方法

文献調査によって行う。  納本制度調査会/審議会や、それに附属する小委員会は議事録が公開されている。こうした議事録を主たる文献として調査する。納本制度調査会/審議会は答申を発表しており、その答申等も調査の対象とした。

2. 納本制度調査会

2-1. 納本制度調査会と「答申」

本節では納本制度調査会の動きを議論する。 「日本のインターネット元年」は1995年と言われる。同年11月には、Windows95が発売され「家庭用」のオペレーティングシステムとして急速な普及を見せた。この年の「新語・流行語大賞」は「インターネット」になった。日本におけるインターネット時代の幕開けの年であった。  国立国会図書館に納本制度調査会が設置されたのは、それから2年後の1997年である。納本制度調査会は国立国会図書館長の諮問機関である。調査会は国立国会図書館長より「21世紀を展望した我が国納本制度の在り方はいかにあるべきか。特に、電子的な媒体の出版物の納入に関する制度及び運用の在り方について」(納本制度調査会[1999:1])の諮問を受け、電子出版物が急速に普及する中での納本制度の在り方について調査審議を進めることとなった。  1999年2月22日、衞藤瀋吉(えとう しんきち)★02納本制度調査会長から、戸張正雄国立国会図書館長に答申が提出された。田中[2000:214]は次のように答申の結論をまとめる。

答申における結論は,次の3点である。

1. パッケージ系電子出版物を,従来の紙媒体等による出版物と同様に納本制度に組み入れ,その類型及び内容を選別することなく,網羅的に納入対象とすることが適当である。 2. パッケージ系電子出版物を利用に供するに当たっては,著作権者等,発行者,利用者それぞれの便益の均衡を図ることが重要である。 3. ネットワーク系電子出版物については,当分の間,納入対象外とする.ただし,必要,有用と認められるものについては,契約により積極的に収集するよう努めるべきである。(田中[2000:214])

「パッケージ系/ネットワーク系」という区分は一般的な用語ではなく分かりにくいが、納本制度調査会[1999:4]では、次のように定義されている。

ネットワーク系には、インターネット、パソコン通信、衛星通信等の上を情報が流通するものが該当し、最広義の概念ではテレビ・ラジオ放送番組もこれに含まれることになる。他方、パッケージ系にはCD-ROM(コンパクト・ディスク-リード・オンリー・メモリー)、DVD(デジタル・ヴァーサタイル・ディスク)、FD(フロッピィ・ディスク)等の媒体に情報が蓄積されたものが該当することになる。(納本制度調査会[1999:4])

納本制度調査会は「電子出版物」を区分する最も上位の概念として「パッケージ系/ネットワーク系」区分を用いる。このような言い方では分かりにくいが、要点は「有形か、無形か」という点にある。情報が載せられたモノがそこに存在するのであればそれは「パッケージ系」にあたり、それがないのであれば「ネットワーク系」にあたるということである。形が無ければネットワーク系であり、形があるならばパッケージ系である。  田中[2000]の納本制度調査会[1999]の整理をもとにすれば、1999年の納本制度調査会の段階で、パッケージ系は納本制度に組み入れることが妥当であるが、ネットワーク系については納本制度の対象としないとする見解が定まったと言いうる。これはなぜか。

2-2. ネットワーク系の納入を巡る諸問題

納本制度調査会[1999]の「答申」は56頁に渡る文章である。そのうち第2章で「電子出版物の納入を巡る法律上の諸問題」が議論され、調査会の立場が示されている。その中に、ネットワーク系電子出版物を納本制度の内部に組み入れることの「困難」が描かれている。ここではそれを概観する。  納本制度調査会[1999]は、「固定」あるいは「媒体への固定」という概念を用いている。仮にネットワーク系をNDLに納入させる場合、納入義務者はなんらかの媒体にその出版物を「固定」させたうえでNDLに到達させるか、あるいはNDLに到達させることによって館のコンピュータに出版物を「固定」する必要があるとされる(納本制度調査会[1999:10])。この固定に関する困難として次の3つが挙げられている。  第一に、著作者等の意思に反する「固定」(納本制度調査会[1999:11])があるという。コンピュータ・ネットワーク上で発信がなされている以上は、不特定多数が当該の情報にアクセスすること自体には著作者等は同意していると見なされる。しかし、そのような情報についても国への納入を義務付け、媒体/コンピュータへの「固定」をすることは、「広く一般国民の利用に供する等の自体は、発信者(著作者等)が通常予期するところを超えるものであると考えられる」(納本制度調査会[1999:11])。  納本制度調査会[1999:11]は次のように述べる。

そのため、そのような強制的な「固定」が当該発信者(著作者等)の意思に反し、人格権との関係で問題となることもあり得よう。そればかりか、そのような義務を課せられることになれば、これが情報の国家管理と受け取られ、自己規制として表現を抑制したり、そもそも意見の公表自体を控えようとする者が現れることが予想され、結果的に納入義務を掠ることが言論活動に対する委縮効果を生じさせ、自由な言論活動等に対する圧力として受け取られる恐れもある。(納本制度調査会[1999:11])

 第二に、どの時点で「固定」すべきなのかという問題があるとされる。ネットワーク系は情報が変わっていく特性を持つ。NDLへの納入にあたってはどこかの時点で「固定」をしなくてはならないが、それには3つの方法があるとされる。  Aは、例えば、1年や6か月ごとなどの適当な時間単位で「固定」させ、決められた期間ごとに新たな納入義務が課されるという方法である。この方法は「発信者(著作者等)が暫定的と考えている内容をその意思に反して強制的に『固定』させる場合」(納本制度調査会[1999:12])が生じるために、第一の議論でみたような著作者等の意思に反する「固定」が行われ、同様の問題が生じるとされる。  Bは「発信者の意思に反しない程度に内容が固まった時点」(納本制度調査会[1999:12])で固定を行わせる方法である。これであれば著作者等の意思に反する「固定」は行われないが、著作者はその納入を無制限に後回しにすることが可能である。NDLは出版物が発行されたかどうかを知る手段もなく、納入義務を履行しないものに対する過料制度を運用する上★03で問題が生じるために、その納入の義務付けの実効性において問題があるとされる。  Cは現行の納本制度とは別に、NDLが任意の時点で「固定」して保存する制度を創設する方法である。この納本制度とは別の制度の創設であるが、これもやはり第一の議論で論じられたことと同様に著作者の意思に反する「固定」が行われる恐れがあり、そうした立法の是非が問われることになるとされる(納本制度調査会[1999:12])。  第三に、他の納本制度との不均衡があるとされる点である。電子出版物の中でもパッケージ系電子出版物はすでに「固定」がなされている。他方で、ネットワーク系はその納入にあたって初めて媒体への「固定」が生じることとなる。そのため「館への納入という目的だけのために『固定』を行うという特別な義務を課されることとなり、上記紙媒体との均衡を欠くが、これを正当化する積極的な根拠は見出し難い」(納本制度調査会[1999:12])とされる。  ここまでは「固定」を巡る議論である。そのほかに、網羅的納入の実現性に関する議論も行われている。ネットワーク系は「ほとんど無限に情報の発信が行われ得る」(納本制度調査会[1999:14])。また、ネットワーク系は「電子出版物の『発行』という意識など全くない私的な独話に類するものが大半を占めると推測されることからすれば、そもそも時間と労力をかけて網羅的に収集した上で図書館資料として保存し、利用に供する必要性に乏しいというべきである」(納本制度調査会[1999:14])ともされる。ゆえに、納本制度調査会[1999]は、現行制度とは別の納入制度を創設する場合には、選択の基準を定め、納入すべき内容を明確に規定する必要があるとする。しかし、そのデメリットとして、紙媒体の納本制度にも「選択的納入」が及ぶ恐れや、将来的に残すべき出版物を国が決定することにもなってしまうため社会的に見て望ましいとは思われないことが挙げられている(納本制度調査会[1999:14])。  最後に「納入義務者」の問題があるという。納入の義務対象者を納本制度と同様に「発行者」であるとすると、多くの場合著作者ではなくプロパイダーが納入義務者ということになる。プロパイダーは特に著作者の情報の作成に関わっているわけではないことが多く、そのような者に納入の義務を負わせることは適切とは言い難いとされる(納本制度調査会[1999:14])。ネットワーク系については、納入義務者を「発行者」ではなく「著作者等」とすることも考えられるが、インターネット上に存在する情報の著作者を一々特定していくことは莫大なコストを伴い現実的とは言えない。また、国内で発行(発信)されたかどうかを知る術はなく、当該著作者に法が適用されるかどうかも判然としない場合が多いことが想定される。納入義務者を誰にするのかという問題、さらにそれをどのように知り納入義務を履行させるのかという問題があることが指摘されている(納本制度調査会[1999:14])。

2-3. 「その収集を放棄することではない」

納本制度調査会[1999]第2章の議論は、ネットワーク系を既存の納本制度に組み込むことの困難性を示したものであった。この指摘をふまえて、第7章では「ネットワーク系電子出版物の収集と保存・利用」が議論される。  第7章の冒頭で次のことが述べられる。

ネットワーク系を納本制度に組み込まないということは、その収集を放棄するということではない。確かに、納本制度は、館における資料収集の方法の中核をなす極めて重要な手段であるが、資料収集の方法はこれに限られるものではない。(納本制度調査会[1999:43])

 納本制度による納入の義務化という方法以外にも、NDLが資料を収集する方法はあり、ネットワーク系についてはその方向を目指すべきだというのが第7章の論旨である。ここでそれは「選択的収集」と呼ばれる。納入によって「網羅的」に保存するのではなく、いくつかの範囲に絞り、それを収集すべきであるとする立場である。また、その範囲については「各界の意見を十分聴取して決定することが重要である」(納本制度調査会[1999:43])とされている。  その方法について、第一には「有用と認めるものを選択し、利用契約を締結するなど納入以外の手段により、当該出版物を収集することが可能であるし、そのように努めるべきである」(納本制度調査会[1999:43])と指摘される。しかし同時に、「館が有用と認めるネットワーク系を選択し自ら何らかの媒体に『固定』した上で保管し、利用に供するという権限を法律上館に付与するという方策も考えられなくはない」(納本制度調査会[1999:43])ともされている。ただし、これについてはやはり発信者の人格権や表現の自由等との問題が生じるほかに、個々のネットワーク系への行政処分を行うという立法上の問題点があるため議論は慎重になされなければならないことにも触れられている(納本制度調査会[1999:43])。  今後、「ネットワーク系の進展には我々の予測を超えるものがあり、近い将来において国民の意識が変化すること等により」諸問題が解決される可能性があると述べられ、そうした事態が生じた場合には改めて検討が必要だとされている(納本制度調査会[1999:43])。  答申の結論は、ネットワーク系については納本義務の対象とせず、本節では触れていないがパッケージ系についてのみ納本義務の対象とするということであった。ネットワーク系を納本制度の対象としなかった理由はここまで見てきた通りである。  答申のネットワーク系に関わる議論をまとめると次のようになる。第一に納本制度の枠内にネットワーク系を入れることは難しい。その困難は多岐に渡るが、ネットワーク系を納本させる上での困難と、ネットワーク系の納本を義務化することによって言論を委縮させることなどが懸念されている。第二に、ネットワーク系を納本制度に組み込むのではなく、納本制度の外において「選択的収集」を行うことが答申で「奨励」されている。

3. 納本制度審議会

3-1. 第6回納本制度審議会

納本制度調査会による答申が提出された同年の、1999年4月、納本制度調査会は納本制度審議会に改組される。納本制度審議会では、当初パッケージ系の「納入に係る代償金」などが検討されていた。その点については割愛するが田中[2000]に詳しい。  ネットワーク系電子出版物の制度について納本制度審議会での検討が始まったのは、2002年3月1日、第6回納本制度審議会においてであった。同審議会については、議事録が残っており、公開もされている。議論を概観する。  冒頭、国立国会図書館長の戸張が次のように述べている。

 一方、ネットワーク系電子出版物につきましては、選択的収集という御提言をいただきましたが、現在、収集のための技術的検討を進めている状態であります。あらためて先の答申を頂きましてからの3年間を振り返ってみますと、その間のネットワーク系情報の増大は、質量ともに当時我々が想像していたところをはるかに越えるものとなっております。答申にお示しいただいた選択的収集では対応しきれない様相であり、何らかの社会的合意に基づく制度が必要かと思われます。これが技術的検討にとどまっている大きな理由であります。  日々、更新・消失されるに任せているこれらの情報の中には、これまで当館が納本制度により収集してまいりました出版物の持つ情報に相当するものが多々含まれております。出版物を国の文化財として永久に保存し、現在そして後世の利用者の利用に供するという当館の役割に照らして、ネットワーク系情報の制度的な収集・保存・利用も、IT時代に当館が取り組むべき課題であろうかと思います。[中略]  こうした状況を総合的に判断いたしまして、3年前に一度お答えいただいた問題ではありますが、あらためて諮問をいたしたいと存じますので、よろしく御審議いただきますようお願い申し上げます。(納本制度審議会[2002])

戸張は納本制度審議会の「答申」から3年が経ち、ネットワーク系情報の増大が「質量ともに当時我々が想像していたところをはるかに超え」たと述べる(納本制度審議会[2002])。1999年から2002年の間であるから、まさにインターネットの黎明期における情報の爆発的増加を当時の審議会構成員は経験していたことになる。戸張が指摘するのは、そうしたネットワーク系情報の増大に対し、「選択的収集」では太刀打ちが出来ないため、制度的な収集も検討する必要があるという点である。そこで同審議会には「日本国内で発行されるネットワーク系電子出版物を納本制度に組み入れることについて」の諮問がされた。  最終的に、この第6回納本制度審議会では「ネットワーク系電子出版物小委員会」として、納本制度審議会内の小委員会に付託されることとなる。詳細な議論は同審議会ではなされていないが、いくつか重要な論点が示されている。  議事録には名前が記されていないためその氏名はわからないのだが、委員から次のような発言があった。これは「ネットワーク系はなぜ重要なんですか」という質問への応答である。

 私、学生の時、先生に現代史の面白さを教えていただいたんですけれども、実は現代史、アメリカ現代史だけではなくグローバルな意味の現代史にとって、非常に重要な資料が去年一夜にして消えました。というのは、ブッシュが大統領に就任して、ホワイトハウスでクリントン-ゴア時代のウェブページを全部捨ててしまったんです。クリントン-ゴア政権が作っていたウェブページは、デジタルライブラリが政府によって非常にうまく構築されていた。検索性も非常に良いものでした。過去に遡及していろんなものをデジタル化していた。それをだれでもアクセスして見られるように、ということをやっていたわけです。ですから、これはある意味では第一級の現代史の資料というふうに考えることができます。ブッシュ政権ができ、クリントン-ゴア時代のホームページはなくなるであろう予測されると、それを救出しようという動きがあり、いろいろなところがかなりの数のデータを残したが、ばらばらにやったためリンクが全部飛んでしまったという発表もありました。(納本制度審議会[2002])

また、納本制度にネットワーク系電子出版物の納入を組み入れることについて、委員から次のような発言もなされている。

それからもう一つは、諮問に「納本制度に組み入れること」というふうに書いてあるのですけれども、納本制度調査会でいろいろ検討したときも私が感じたことなのですが、納本制度というのは非常に固い制度なんです。ですから、今後検討されるときにもこの固い制度になんとか組み入れようなどということは思わないで、インターネットの出版物をどういうふうに利用するのがいろいろな意味での利益に奉仕するのかをお考えいただいて、表現の自由との関係はもちろんございますけれども、そう考えた上で納本制度にうまく乗っかるかということを考えて、乗っからなければ新しい制度を作ればいいだけの話でございます。ですから、諮問の納本制度の組み入れというのは、別に現在の固い納本制度に組み入れろという趣旨ではなくて、とにかく、みんなの利益になることを考えてみてくださいと、そういう趣旨に理解すべきだというふうに思います。無理に組み入れようとしますと無理がきますので、そこはどうか柔軟に考えていただきたいと思います。(納本制度審議会[2002])

3-2. 第1回納本制度審議会ネットワーク系電子出版物小委員会

第6回納本制度審議会を受け、2002年6月27日に「第1回納本制度審議会ネットワーク系電子出版物小委員会」が開かれた。  審議の内容について、冒頭で次のように説明されている。「一つには現行納本制度に組み入れることの可否、一つには組み入れられない場合の収集すべき範囲及びその収集の方法について調査審議する」(納本制度審議会ネットワーク系電子出版物小委員会[2002])。この表現ではわかりにくいが、事務局は次のように説明をしている。

今回諮問は2段階ありまして、2章のところで現行の納本制度、館法24条・25条で縛りがかかっているところの納本制度に組み入れる場合の問題点を挙げておりますが、それがネットワーク系電子出版物の性格に照らしあわせて可能かどうか、これを御議論いただくのが第一段階です。この資料の中ではそれは難しかろうということで、そうだとすればどういう範囲と方法があるかがその後述べられているところです。これが諮問の第二段階です。(納本制度審議会ネットワーク系電子出版物小委員会[2002a])

この小委員会では、議論は法律上の子細な問題までに及んでいる。ここでそのすべてを追うことはできないが、委員の発言を逐語的に記録した議事録がNDLのホームページに公開されており、詳細はその議事録に譲る。なお、同小委員会はすべて議事録が同様に公開されている。  同小委員会では、収集の問題と利用の問題を切り分けて考えることが議論されている。まず権利問題については委員から次の発言がなされている。

ただ、収集の場合、情報提供している発行者が著作権者でなくても著作権者から一定の許諾を得て提供している場合、単に図書館が利用者に代わるのであれば、著作権者の問題は本来ないはずです。要するに、通常利用者が利用できる範囲で国会図書館自体も利用している限りでは、本来著作権者が許諾した範囲のはずです。そうなると収集に関して著作権者の権利侵害の問題を正面から考える必要が本当にあるのかという気がします。一方で利用の側面では、従来の出版物も利用の際の複製権侵害やディスプレイした場合の問題、ネットワークを利用した場合の問題は著作権の問題です。この問題はネットワーク系でも同じように出てくるのではないかという気がします。(納本制度審議会ネットワーク系電子出版物小委員会[2002a])

この指摘の延長線上にあるプライバシー侵害のおそれについても委員から発言がある。

収集した後どうするのかという問題にも関わるのですが、利用に供するという話になってくるのか。本人にそういう気がないものが固定されて利用に供せられるというようなことになるとどうか。個人情報保護の点から言えば固定されたくないものが固定されるおそれがある。(納本制度審議会ネットワーク系電子出版物小委員会[2002a])

そのほかの論点として、そもそもNDLがどこまでを収集するべきなのかといった点も出されている。  第1回のネットワーク系電子出版物小委員会は議論の範囲が多岐にわたっており、結論は出ていない。

3-3. 第2回納本制度審議会ネットワーク系電子出版物小委員会

小委員会の第2回の論点は、ネットワーク系電子出版物の収集を「納本制度」に載せるかどうかであった。  結論として、同小委員会はこの第2回小委員会において納本制度の改正によって、ネットワーク系電子出版物の収集/利用の枠組みを作ることは「不適当」であるとした。

小委員長:一番目については、24・25条の部分的な改正で対応するのは不適当ということで意見は一致していると見てよいでしょうか。 全出席委員:異議なし。 小委員長:では、小委員会の方向として現行制度に組み入れるよりも、別の新たな制度的枠組みを考えるとまとめることとしたい。(納本制度審議会ネットワーク系電子出版物小委員会[2002b])

この24・25条とは、国立国会図書館法の条文のことである。24・25条において「納本制度」が定められている。小委員会はこの24・25条の部分的な改正によっては、ネットワーク系電子出版物の収集/利用制度を構築することはできないと結論したのである。  次に、収集の範囲及び方法をどのようにすべきかについて議論がなされる。同小委員会の資料から、深層/表層ウェブという概念が提起されたのがわかる。  これはロボットによる収集・複製が容易に可能であるかを線引きとして、ウェブを2つに分けるという考え方である。  まず深層/表層ウェブとはなにかということが質疑される。この概念を提起した事務局は、これは権利処理の関係に由来すると回答する(納本制度審議会ネットワーク系電子出版物小委員会[2002b])。そして、次のことが述べられる。表層ウェブ、つまりロボットによる収集が可能な部分については、収集が可能なのだからそのまま収集する。この際著作権上の問題が生じるが、それはなんらかの方法で著作権を制限する方向で処理をする。深層ウェブについては、アクセス自体に契約やなんらかの手続きが必要であるから、それは「契約強制」によって権利を処理するという形をとる。  このような事務局の構想に対して、委員から立法上の手続き、問題点についての意見が出される。以上が第2回ネットワーク系電子出版物小委員会の流れである。

3-4. 第3回納本制度審議会ネットワーク系電子出版物小委員会

この第3回ネットワーク系電子出版物小委員会において、NDLによるネットワーク系電子出版物の制度的収集の範囲を「国・地方公共団体」および「学術的情報」に当面絞ることが決まった。

委員:小委員会の取りまとめ方ですが、先ほど出た国・学術等はここで具体的に定義する必要があるのか、それとも審議会に報告して後で概念規定をすればいいのか。今の御意見もそのまままとめて出すような形で審議会に報告しておいて、学術とか国等の定義は今後の課題でいいのですか。 小委員長:「公衆が自由にアクセスできる情報を自動的に収集する案」はとらないというのがポイントで、その次に主体で言うと「国・地方公共団体等」が念頭にあってそこは全部、それ以外のところでも「学術的情報」といったところはとりたい。  「国・地方公共団体」にどこまで含めるのか、例えばNPOを含めるのかといったことは、いずれはもっと細かく決めるけれども、ここでは方向を出したということです。  2についてはそれでよいか。 全出席委員:異議なし。(納本制度審議会ネットワーク系電子出版物小委員会[2002b])

議論の要点は、いわゆるインターネット情報の全体をNDLが制度的に集めることは困難であるということである。そこで「国・学術等」にその収集の範囲を留めることが望ましいとされた。第3回ネットワーク系電子出版物小委員会では、子細な定義や方法については検討する必要があるが、おおむね「国・学術等」に収集の範囲を絞ることが決まった。  続いて、権利処理の問題が議論されている。委員の意見は事務局の説明を確認することにおおむね留まっている。事務局は権利制限の方法は収集の仕組みによって異なることを説明している。

「公衆が自由にアクセスできる情報を自動的に収集する案」では当館がロボットで複製することを考え、収集に関しては著作権のうちの複製権を制限することを想定しています。この案にはいろいろな問題点があると考えています。利用に関する著作権問題については別途検討します。  次に「通知又は送信に基づく収集案」では、通知していただいたものを当館がロボット等で収集する場合、同様に複製権の制限を考えるケースが出てきます。発行者から送信していただいて当館のコンピュータの記憶装置に固定される場合は、著作権制限の必要はないと考えています。  改訂案に述べている発行者と著作者の間の権利処理ですが、これはまだアイデアにとどまっています。従来の出版物と同様、発行者に著作権者の権利を処理していただいて、館としては著作権に関与しないというラフなアイデアです。(納本制度審議会ネットワーク系電子出版物小委員会[2002b])

この説明に対して、委員会は「異議なし」としている。続いて利用形態と納本制度審議会への報告案の検討がなされ、いくつかの質疑が行われた後、閉会している。

3-5. 第7回納本制度審議会

3回のネットワーク系電子出版物小委員会が行われ、納本制度審議会に対し諮問書「日本国内で発行されるネットワーク系電子出版物を納本制度に組み入れることについて」(平成14年3月1日国図収第25号)が提出された。この諮問書の内容は、前述で紹介した議論の通りではあるが、重要点を述べておきたい。 ネットワーク系電子出版物小委員会で議論された通り、同諮問書では国立国会図書館法の部分的改正(納本制度の修正)ではネットワーク系電子出版物の収集が困難であることが示され、何らかの新しい制度枠組みが必要であると提案される(納本制度審議会[2003])。  その収集方法については①「公衆が自由にアクセスできる情報を自動的に収集する案」と②「通知(又は送信)に基づく収集案」があるとされる(納本制度審議会[2003])。この制度枠組みにおいて、収集すべき範囲は「国・学術等」である。  これらについて、次のような説明がなされている。

さて、この二つの案を検討しますと、自由アクセス情報を自動的に収集する案には、特に三つの問題があります。  一つ目は、技術的に可能な範囲ですべての情報を収集してしまうため、固定が発行者の意思と一致しないことによる、人格権の侵害及び自由な表現を萎縮させるおそれが懸念されることです。  二つ目は、必ずしも半永久的な保存になじまないものが多く収集されると考えられることです。  三つ目は、非常に多くの苦情処理に対応しなければならないおそれがあることです。  このため、学術情報及び国等の情報に対して、通知又は送信の義務を課した上で、国立国会図書館が複製を行うことが妥当であると小委員会は考えます。この複製に際しても、通知があったものについて著作権を限定的に制限する必要があるでしょう。(納本制度審議会[2003])

こうした小委員会の諮問結果にもとづいて、事務局からは今後の審議結果について次のような説明がなされる。

事務局:[前略]前回審議会で確認された点を申し上げますと、ネットワーク系電子出版物の収集につきましては現行館法に規定された納本制度に組み込むことなく新たな制度で収集するのが妥当であること、第2点目は通知又は送信に基づいて学術的情報・国地方公共団体の情報を収集するのが妥当であること、3番目といたしまして自由アクセス情報を自動的に収集する案については今後の諸外国の動向等をふまえて最終的な判断を行うのが適当であること、これら収集に関する事項、利用に関する事項等が検討事項として確認されました。資料5は、前回審議会で確認された事項を1から5に整理し、それぞれ主な論点を列挙しました。1は細分化いたしまして収集の範囲、方法に分けています。主な論点としましては、範囲では学術的な情報の定義、国地方公共団体の定義、例えば特殊法人を含むかどうか、それに日本国内で発行されたかの判断基準、技術的経済的観点から留意が必要なデータベースについての検討があります。

 方法については通知・送信の義務を課すことの妥当性の検討、義務を課す場合に課される者の定義を論点として掲げております。(納本制度審議会[2003])

この他に、電子出版物の権利の問題や有償の場合の補償などを検討していく必要性などが述べられている。この諮問書は審議会から了承される。  その後、具体的な制度の検討について、どのように行っていくかが議論される。小委員会によって行うか、審議会において行うかが議論されるが、小委員会において議論されることが決まる。

4. 考察

4-1. いつ、民の収集は難しいと判断されたのか

ここまでで日本の公的ウェブアーカイブ事業の構想が1990年代後半から始まり、2000年代中頃までに一定の方向に定まったことを確認した。そこでは制度的な収集の方向としては「国・学術」機関に限定するのが適当であることが一定の結論となっている。 本稿の目的は、どのようにして「官」のみが制度的なウェブアーカイブの収集対象となったのかを明らかにすることにある。この問いに対して、その時期については、2000年代中頃、具体的には2003年の時点で「官民」両方を制度的収集の対象にすることは難しいという結論に至っているといえる。ただし、「官」のみにすることについて、審議会/小委員会で詳細な議論がなされたとは言い難いという点には注意を払う必要があるだろう。

4-2. 納本制度の外/内

納本制度調査会や審議会、小委員会で議論されたことの中核は、ウェブアーカイブの仕組みをどのように立法するかという点であった。その際念頭に置かれていたのは「納本制度」である。ウェブアーカイブ(NDLの語用にのっとるならば「ネットワーク系電子出版物の収集のありかた」)について検討したのが「納本制度調査会」であったことが、その表れである。日本では現在にいたるまでウェブアーカイブのありかたは「納本制度」審議会で検討されている。  「納本制度」は官民問わず、あらゆる出版物を集めようとする。なぜなら、それが社会的利益を生むと考えるからであり、そのような理念のもとにネットワーク系電子出版物を位置付けようとしたということは、当初は「官民」を問わないウェブアーカイブを(潜在的には)構想していたということでもある。  納本制度の中にウェブアーカイブの制度を置くのか、それとも外に置くのか。このことは「官民」のうち、「民」を制度的な収集の範囲から外すことになったことともかかわるだろう。納本制度の「外」に枠組みを作ることが結論付けられた経緯をみておく必要がある。 ウェブアーカイブについて最初の検討を行った納本制度調査会の結論は「ネットワーク系電子出版物については、当分の間、納入対象外とする」(田中[2000:214])であった。対して、パッケージ系電子出版物の納入は網羅的に行うことが適当であるとの答申であったから、ネットワーク系については1999年の時点で脇に置かれた形である。実際に、納本制度調査会を前身とする納本制度審議会ではパッケージ系電子出版物の納入にかかわる議論が優先され、ネットワーク系の議論に本格的に着手したのは第6回からであった。第1回は1999年6月7日であり、第6回は2002年 3月1日である。この間にパッケージ系電子出版物の納入制度が納本制度に組み入れられたこと(2000年の改正国立国会図書館法の施行)を鑑みると、パッケージ系電子出版物側の立法を急いだ形であった。  ウェブアーカイブを納本制度の外/内どちらに作るのか。2023年現在における結論は「外」である。2009年の「ネットワーク系電子出版物の制度収集に関する国立国会図書館法」の改正、2012年の「ネットワーク系電子出版物のうちいわゆる電子書籍や電子雑誌等(オンライン資料)を収集する制度」に関する改正、2022年のその対象★04の拡張に関する改正も、いずれも納本制度とは別の制度としてネットワーク系電子出版物の収集を定めている。  このネットワーク系電子出版物の収集制度を納本制度の「外」に作るという方向は、本稿が検討した1990年代末から2000年代中頃までの議論で、すでに定まっているものとみてよい。1999年の答申でネットワーク系電子出版物の収集を既存の納本制度に組み込むことの難しさが認識され、明文化されている。納本制度調査会[1999]の第2章がそれにあたる。 納本制度審議会は、附属するネットワーク系電子出版物小委員会に対して「一つには現行納本制度に組み入れることの可否、一つには組み入れられない場合の収集すべき範囲及びその収集の方法について調査審議する」(納本制度審議会ネットワーク系電子出版物小委員会[2002])ことを求めた。ここでは納本制度の「内」にネットワーク系電子出版物の収集も組み入れることを検討することが求められているのであり、最初から「外」に作ることを前提にしていなかった。 ただし、このネットワーク系電子出版物小委員会でも、早々に「別の新たな制度的枠組みを考える」ことと結論付けられた(納本制度審議会ネットワーク系電子出版物小委員会[2002b])。

4-3. 「どこまでを収集するのか」とする議論

 新たな制度枠組みによって公的機関/民間のどこまでを収集の範囲にするかという議論がなされているのは、2000年代初頭のネットワーク系電子出版物小委員会である。とくに公的機関および学術機関のみに限定することが適当であるとする議論がなされるのは、同小委員会の第3回である。 第2回ネットワーク系電子出版物小委員会において、議題として「3. 収集すべき範囲及び方法について」(納本制度審議会ネットワーク系電子出版物小委員会[2002b])が上がる。ここでどこまでの範囲を収集するのかという議論がなされる。議事録を見る限りは入念な議論が行われたとは言い難い。 第3回では事務局から範囲を「国・地方公共団体」および「学術的情報」に絞るという案が出される。これに対して質疑が行われ、いずれは主体、内容等について範囲をさらに具体的にするが、委員会の方針としては国・地方/学術の情報に絞ることが決まる。  この議論の流れにおいて、第2回では「官民」の両方を集めることが可能性として示唆されているが、第3回では「民」は範囲から外すことになっている。この間に入念な議論が委員会において行われたというよりも、事務局が「民」を外すという提案をし、小委員会がそれに同意したという側面が大きいように思われる。少なくとも議事録上では、「官」のみにし「民」を外すことに対する議論はほとんど行われていない。あくまでも第3回の議事事項の一つとして取り上げられ、いくつかの議論が交わされたのみである。  このネットワーク系電子出版物小委員会の第1回から3回までの議論の結論が、第7回納本制度審議会に対して諮問結果として上げられ、「官」のみを制度収集の対象とする方向性が採択された。つまり、当初「官民」を対象とすることを想定していたウェブアーカイブが、すくなくともその制度枠組みにおける当面の収集対象を「官」および学術的情報のみとすることに決まったのは、2000年代初頭であったといえる。  そのような判断がどうして行われたのかということについては、すくなくとも議事録の範囲からは判然としない。これは今後の研究課題として、詳細に検討される価値があるはずである。

4-4. ウェブアーカイブの利用と公開

ウェブ上の情報発信において、情報の発信者は通常「アーカイブ」を意識していない。少なくとも、自らのウェブ上の発信が、国の機関によって収集・保存・公開されることを念頭において「書き込み」をしている者は多くない。その点において、発信者の意図しない「固定」が行われること、それが「検閲」として受け止められ言論を委縮させる可能性は懸念されるべきことである。この点において、公的機関/学術機関のみをアーカイブの対象とする方針は、妥当なものといいうるだろう。  ただし、この点にはいくつかの反論が考えうる。①アーカイブの公開性と②「時の経過」概念が、反論の根拠となると考える。 アーカイブには、いくつかの公開の方法がある。第一に、完全にオープンなアーカイブが考えられる。例えば、インターネット上で完全に公開されている場合などがこれにあたる。これは誰もが閲覧可能なものである。第二に、制限を設けて公開されるアーカイブがある。例えば、公文書のアーカイブでは、収集された公文書に対するアクセスは制限される。これと同様にウェブアーカイブでも研究者の利用にのみ限定することなどは考えうる。第三に、非公開のアーカイブがある。 第三の「非公開のアーカイブ」について、インターネット・アーカイブの創始者であるブリュースター・ケイブは、2009年のIIPC(International Internet Preservation Consortium)のオープンミーティングにおいて「ウェブアーカイブがたとえ長期保存されても、利用に供されない『ダークアーカイブ』では意味がなく、常に利用を前提とした保存を考えることが重要である」(芝田[2009])と主張した。これはもっともな主張である。ゆえに第三の非公開のアーカイブは、その性質から否定されるものだとしても、制限付きの公開に供することは可能な選択肢として残る。  収集は見境なく行うが、公開は部分的な制限を設けるということは想定されるべきである。例えば、公的機関のアーカイブに関しては、公開を完全にオープンなものと想定し、民間のアーカイブに関しては、制限を設けた公開を行うということである。このようにすれば、発信者が意図しない「固定」による弊害は低減しうるだろう。本稿が検討した議事録の範囲では、こうした公開の在り方に関する議論が、すくなくとも議事事項としてはなされていない。  さらに、「時の経過」概念の援用による反論も考えうる。ネットワーク系電子出版物から離れ、「紙」媒体のアーカイブを見ると、作成からの「時」に応じて、公開性が変わることがある。例えば、個人情報が含まれる公文書の利用に関しては当該公文書の作成からの「時」が考慮される。これは公文書管理法 16 条第 2 項において「時の経過を考慮する」と示されていることによる(野口[2019:382-383])。どの程度の時が経てば、個人情報を含んだ公文書を利用に供しうるのかは、条文には明示されておらず、解釈によって運用される。これまで該当する個人の死亡、法人等の消滅も考慮されてきた(野口[2019:390-391])。これが「時の経過」概念である。  このように考えると、例えば、民間のウェブサイトに関してもNDLが収集をし「時の経過」を考慮したうえで、インターネット上での公開に供するというような制度の構想もあり得たのではないか。このような議論も、本稿が検証した議事録の範囲では、議事事項にはなっていない。  これらより、本稿が検討した範囲では、公開対象の制限や「時の経過」の考慮という利用に供する時点での状況は十分に考慮されず、収集した電子出版物のオープンな公開を前提にした議論が行われていたものと考えられる。ただし、これは単に意図しない固定が低減されうるという議論であって、潜在的にそれが行われることの問題は存在し続ける。また、著作者の意図に反する「固定」の問題は低減されるとしても、著作権についてどのように議論しうるかは別の問題である。 これらを考慮に入れると、構想がリスクを最小限にし、実施可能な公的機関/学術機関の情報のみを扱うというところに落ち着いたのは、このウェブアーカイブ構想の黎明期においては、妥当なものであったと言いうるだろう。

5. おわりに

本稿では、本邦における唯一の体系的なウェブアーカイブであるWARP事業がどのようにして「官」のみを対象とすることになったのかを検討した。時期および議論の流れは明らかになったが、その議論の詳細は明らかにできなかった。これは本稿が検討の対象とした議事録の性質、つまりは「公的な」議論の概要のみしか分からないという資料的な制約によるところが大きい。  また、国際的な比較検討もなされるべきだと思われる。日本のNDLはウェブアーカイブを「納本制度」の中には組み込まなかった★05。しかし、各国を見ればどうだろうか。国際的なウェブアーカイブの連携機関であるIIPCに加盟する機関の多くは、国立図書館である。そうした機関はどのような制度枠組みにおいて、ウェブアーカイブを制度化しているのだろうか。そうした諸外国の立法と併せてみることによって、日本のウェブアーカイブの性質、可能性は浮かび上がってくるように思われる。