病/障害の人たちの言葉をウェブ上に記録する 澤岡 友輝
2022.10 『遡航』004号 pp.19-32
質的データ、アーカイブ、マイノリティ、匿名、公開
要旨

日本では、多機関の連携による国家のインフラを使った質的データのアーカイブ機関は、運営されていない。本稿は、欧州の国家的なアーカイブ機構が直面してきた問題とその対応策を、質的データゆえの倫理的問題、データの利用の方法論的問題、アーカイブの技術的問題に分けて検討することを目的とする。検討の結果、欧州では、提供者の同意を取り、匿名化し、アクセスを制限することで倫理的問題に配慮しつつ、研究成果に貢献してきたことがわかった。他方で、語り手が誰かが大切な場合や、記録が多くの人に公開されることに価値がある場合もある。そのようなアーカイブは、各大学や市民社会組織によって日本を含めて各地でおこなわれてきた。それらの機関の十全な活動のためには、大規模なアーカイブの存在が重要である。欧州では、国のインフラや学術機関の資金の利用によって、大規模なアーカイブの技術的問題を解消している。日本でこのようなアーカイブを構築するための1つの解決方策は、日本学術振興会の資金を使って学会が運営を担うというものだ

1. はじめに

本稿では、病・障害をもつ人たちの記録をウェブサイトに載せているものを8つとりあげて各々の目的と方法を紹介し、記録の収集と公開にはどのような問題があるのかを述べる。これまで、個人の語りを収集して公開するという取り組みは積極的にされてこなかった。というのも、質的データの記録は方々で行われてきたが、その記録を公開するという発想があまりなかったのである。  病/障害の人たちの言葉をウェブ上に記録するという取り組みの中で早期なものには、2005年に始まったアメリカの難病患者向けSNS「PatientsLikeMe」★01が挙げられる。日本でも2011年9月13日に、厚生科学審議会疾病対策部会 第13回 難病対策委員会で「難病対策の見直し」について審議が開始された。見直しを受けた実態調査として、2012年に始まった「WE ARE HERE かけはし研究班 ~か(患者)け(研究者)は(橋渡し) し(新薬)~ 厚生労働科学研究 難治性疾患等克服研究事業(以下、かけはし研究班)」という、記録を収集して役立てようとする取り組みもある(2022年9月21日時点で登録者数594人)。かけはし研究班が行っているアンケート調査(パソコン入力)で本人の記録を集めようとすると、本人の訴えはある程度デフォルメされてしまうなどといった懸念点はある。これがどういうものであるのか、もっと調べてもよいだろう。具体的な内容は、「2.質的データアーカイブ企画の確認」で紹介する。  ほかにも、研究「病者障害者運動史研究」(科研費基盤B:2017~2020年)で収集された録音記録は350あり、「生を辿り途を探す――身体×社会アーカイブの構築」(科研費基盤A:2021~2026年)に引き継ぐ形で記録の収集と公開が進められている。現在は、記録など質的データのアーカイブをどこかひとつで管理しているのではなく、分散的に行っている。現在は病/障害の人たちの言葉をウェブ上に記録することが、どのように行われていて、どのような問題があるのか。本稿では、病/障害をもつ人たちの記録をウェブに記録している取り組みを紹介して記録の収集と公開の現状を確認し、問題を検討することを目的とする。次節では、記録の収集・公開を行っている取り組みを確認する。

2. 質的データアーカイブ企画の確認

以下は、病の語りの収集と公開を目的とするもの。この目的では、当事者や周囲の人が知るのに役に立つ。 1)かけはし研究班(主任研究者 橋本操):https://nambyo.net/ 協力団体(平成24年度…7団体) ・SMA家族の会 (脊髄性筋萎縮症):https://www.sma-kazoku.net/ ・CMT友の会 (シャルコー・マリー・トゥース病):http://www.j-cmt.org/ ・PADM患者会 (遠位型ミオパチー):https://npopadm.com/ ・MSキャビン (多発性硬化症、視神経脊髄炎):https://www.mscabin.org/ ・FOP明石 (進行性骨化性線維異形成症):http://fop-akashi.jp/ ・ほっとChain (フォン・ヒッペル・リンドウ病 VHL):https://www.vhl-japan.org/ ・日本ALS協会近畿ブロック(筋萎縮性側索硬化症): https://alskinkisince2016.wixsite.com/als-kinki-block かけはし研究班が記録の収集と公開に取り組む目的について以下のように説明されている。

現在、難病対策の見直しが検討され、公平性と均てん化を目指した議論がなされております。それらは、当然のことながら当事者のためのものであるべきですが、難病患者側から医療を評価するための指標(Patient Reported Outcome)になるものが存在しておりません。そこで、このたび、難病患者の皆様を対象に生活の実態調査を行わせていただくことで、患者主体の医療のための指標の開発に着手することになりました。お忙しい中、恐縮ですが、ご回答いただければ幸いです。 この調査では、難病にかかっている人々の「生(なま)の言葉」をできる限りたくさん集めて分析し、日常生活における多様なニーズを把握するとともに、疾患の枠を越えて共通する「難病の概念」すなわち、患者主体の医療の指標(評価項目)を創造することを目的としています。 そして、その指標をもちいて、多様な難病患者の要望を整理し、よりよい政策や医療のために必要な支援を、患者側から提案したり、評価したりしていきます。

アンケートは、「所要時間は5分~10分くらい」とされている。はじめに、年齢や性別、病名など基礎的な情報を記入する。アンケート内容は以下である。

発症の原因として、思い当たる節はありますか?(あるorない) 思い当たる節が「ある」と答えた方はご記入ください。(自由記載) 1)発症直後、不安に思ったり困っていた事や、あったらいいのにと思う支援、はありましたか。 2)1で「ある」と答えた方はご記入ください。(自由記載) 3)今、不安に思ったり困っている事や、あったらいいのにと思う支援、はありますか? 4)3で「ある」と答えた方はご記入ください。(自由記載) 5)発症直後、ご自分の生活で大切にしていることはありましたか。(あったorなかった) 6)5で「あった」と答えた方はご記入ください。(複数回答可)(自由記載) 7)今、ご自分の生活で大切にしていることはありますか?(あるorない) 8)7で「ある」と答えた方はご記入ください。(複数回答可)(自由記載) 9)発症直後、医療サービスや介護(ケア)サービスに満足していましたか?(はいorいいえ) 10)9で「はい」「いいえ」とも理由をご記入ください。(自由記載) 11)今、受けている医療サービスや介護(ケア)サービスに満足していますか?(はいorいいえ) 12)11で「はい」「いいえ」とも理由をご記入ください。(自由記載) 13)他の患者さんに伝えたいことはありますか? 大切な人に伝えたいことはありますか?(あるorなし) 14)13で「ある」と答えた方、誰に伝えたいですか?(自由記載) 15)13で「ある」と答えた方、何を伝えたいですか?(自由記載) 16)最近、嬉しかったことを教えてください。(自由記載) 17)最後に、本アンケート調査に関する感想や意見などをお聞かせください。(自由記載)

収集した記録の管理とプライバシーの保護について以下のように記載されている。

このアンケート調査において、あなたの生活についての語られた内容は文字データ化され、厳重に保管します。研究メンバー以外は情報の閲覧ができないよう配慮します。(一方、「登録サイト」のほうにご記入いただければ閲覧できるようになります。) 個人情報は保護されます。収集したデータは研究目的以外に転用いたしません。個人名が特定できないためにデータを回収することはできません。 記入されたデータは得点化され個人と結びつくことはありません。 この結果は学会や論文等で発表させていただきますが、その際、個人名や個人情報が公開されることはありません。語られた特殊なエピソードによって個人が特定されかねない場合には研究の主題に影響を及ぼさない程度に事実を省略する等の配慮をいたします。

筆者は2022年10月25日、かけはし研究班の分担研究者である川口有美子氏(http://www.arsvi.com/w/ky03.htm)に、事業について聞き取りを行うことができた。かけはし研究班による「患者情報登録サイト」は進んでいったが、データの管理で要するランニングコストや科研費の助成終了で資金が尽き、現在は休止状態。情報の管理には資金を要するし、継続★02して情報を管理・企画を運営するのにも人員が必要である。企画の運営を外部資金だけに頼っていれば、外部資金が獲得できなかった時点で企画は停止してしまう。  かけはし研究班による事業がうまく続かなかったのは、お金の問題だけでなく、2013年頃からの「フェイスブック(Facebook)」の流行もあった。フェイスブックは簡単に世界の人とつながることができ、コミュニティを作成してクローズ(非公開)にすることもできる。「患者情報登録サイト」より、フェイスブックのほうが容易にその趣旨を満たせるようになったのである。 2)HPVワクチン薬害訴訟全国弁護団「被害者の声」https://www.hpv-yakugai.net/message/(2018年から記録の公開が始まっている)閲覧は誰でも可能で無料。  ホームページのトップには、2016年3月30日に会見で述べられた提訴方針が以下のように記載されている。(https://www.hpv-yakugai.net/)

「子宮頸がん予防ワクチン」とのふれこみで接種されたHPVワクチン(グラクソ・スミスクライン社製のサーバリックスとMSD社製のガーダシル)によって、全身の疼痛、知覚障害、運動障害、記憶障害等の深刻な副作用被害が発生し、全国の多くの被害者が今なお苦しんでいます。 被害者は、2013年3月に「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会」を結成し、多くの方の支援を得て活動し、2015年3月には全面解決要求書を国と企業に提出しています。 確かに、これまでに接種の一時停止、副作用被害救済制度の適用の拡大など一定の前進はありました。しかし、真の救済や再発防止にはほど遠い状況にあります。製薬企業2社は、いまだに被害を認めようとせず、接種の積極勧奨再開への働きかけさえ行っています。 そこで、訴訟を提起せざるを得ないと決断しました。 被害者の願いは、将来にわたって医療や生活全般にわたって安心して生きていけるようにすること、また、真相を明らかにして被害をくりかえさないようにすることです。 訴訟により国と企業の法的責任を明確にし、それを基盤に真の救済と再発防止を実現していきたいと考えています。

3. 方法論的な問題

ホームページには5つの「ユーチューブ(YouTube)」動画(2分から4分程度)と公開日が記され、その内容は実名/匿名、年齢の公開/非公開、顔や姿の公開/非公開など違いがある。  1件の手記には公開日が記され、被害のあった年月や県名が記されている(1450字程度)。  「HPVワクチン薬害訴訟 原告の声――提訴から3年を経た今の思い」というタイトルで、東京訴訟(計26件、うち9件母親)・名古屋訴訟(計17件、うち4件母親)・大阪訴訟(計15件、うち7件母親、1件父親)・九州訴訟(計8件、うち5件母親)の記録が「原告番号+実名」か「原告番号のみ」で公開されている(一つひとつの文字量は30字から1130字程度)。  2018年2月6日に公開されている「HPVワクチン薬害訴訟 原告らの記憶障害・学習障害に関するエピソード」では、下記の注意が記されている。 ※項目番号は原告番号ではなく、全国の原告から寄せられた記憶障害・学習障害に関する具体的エピソード67名分をランダムに並べてあります。 3)NPO法人 IBDネットワーク「潰瘍性大腸炎の語り」https://kanagawa-colon.com/kanagawa/(開始時期不明)閲覧は誰でも可能で無料。  トップページにはデータベースを公開する意図やインタビュー結果と編集方法、「認定NPO法人健康と病いの語りディペックス・ジャパン」に許可を得てホームページを作成した旨が記載されている(https://kanagawa-colon.com/kanagawa/)。

今回、この病気の体験者とその家族25名にインタビューをし、病気の体験を語って頂きました。その語りの中から1-3分の短い「語りのクリップ」を作成し、それを以下のトピックごとに分類してその映像と音声を編集しました。(音声だけの方もいます) このデータベースは初めてこの病気の診断を受けた人やその家族が、同じような体験をした人たちの「語り」を見て、聞いて、読んで、病気と向き合う勇気と知恵を見つけて頂くために作成されたものです。できれば患者・家族だけでなく医療者の方々にも見て頂ければ、この病気の患者が何をどう感じているのかを理解して頂くことができるかもしれません。 なお、このサイトは認定NPO法人健康と病いの語りディペックス・ジャパンに正式に許可を頂き、なおかつ多大のアドバイスを頂きながら、そのホームページを見習って作成したものです。

ホームページには、24名の潰瘍性大腸炎患者の語りと1名の患者家族(うち18名は顔写真あり)の語りが文字データと音声データで掲載されている。「語っていただいた方々のプロフィール」を150字程度で紹介し、診断時10代/20代/30代/40代/50代以上/患者家族の順に記録が並べられている。  記録(インタビュー)をした年月は公開されているが、記録を公開した日は不明。公開方法は、文字データのみ/音声+文字データ/顔や姿を公開したユーチューブ動画+文字データなどである。文字データは各テーマに分けられており、一つひとつは200字から600字程度。一人につきテーマの数は6から12程度。  語りには「XX1X1-1(Xの部分はそれぞれに割り振られたアルファベット)」のような記号が振られ、以下の<トピック>ごとに分類されている。(<発見><症状><外科的治療(手術)><生活><患者会><内科的治療><家族の語り><座談会><語ってくれた方々(発症の年代別)>) 4)一般社団法人 わをん「当事者の語りプロジェクト」https://wawon.org/interview/story/(2020年から記録の公開が始まっている)閲覧は誰でも可能で無料。  取り組みの目的は、以下のように記載されている(https://wawon.org/interview/concept/)。

一般社団法人わをん(以下わをん)は、介助者とともに暮らす障がい当事者の生き方に迫ったウェブマガジン、「当事者の語りプロジェクト」を始めます。 わをんは、常時介助を必要とする重度障がい者が、自分にとって豊かな生活を送ることができる社会の実現をミッションとしています。当事者が豊かな生活を送れるように相談支援をおこなうこと、重度訪問介護制度の意義を社会に発信していくことは、当団体が目指すことです。 そのため私たちは、重度訪問介護を利用することで、当事者がどのような生活を実現することができるのかを、社会に発信していくことが重要だと考えております。当事者の悩みや生きづらさも含めた、等身大の生き方を発信することで、自立生活を望む多くの当事者の背中を押すこと、それが、社会を変えることにつながると信じています。 本プロジェクトでは、当事者の語りや文章、写真等を通じて、介助者とともに暮らす、さまざまな障がい当事者の等身大の姿をお伝えします。そして、障がい当事者が介助者とともに暮らしていくことの魅力や、乗り越えるべき課題も発信していきます。

「当事者の語りプロジェクト」では、当事者のことを社会に発信していくのを目的としており、閲覧が無料になっているのだとうかがえる。また、当プロジェクトは、「令和2年度 独立行政法人福祉医療機構 社会福祉振興助成事業」の助成を受けている。  ホームページには、23名の介助が必要な重度障がい者のインタビューが文字データ(全員実名・顔と姿の写真付き)で掲載されている。実名か匿名化について具体的な説明はないが、「当事者の語りプロジェクト」の目的に沿って、実名公開・顔と姿の写真付きになっているのだと考えられる。記録の収集日は書かれていないが、公開年月日は記載されている。一人に対して最大第3回まで記事になっており、講演のイベント4記事を含めると2022年11月4日時点で合計で66の記事がある。各記事の文字データの最後に、運営団体メンバー(編集長:油田優衣、編集:天畠大輔・嶋田拓郎・山﨑彩恵・北地智子・岩岡美咲・黒田宗矢・染谷莉奈子・篠田恵)による文責の記載がある。一つひとつのインタビュー記事は2600から7000字程度。 5)NPO法人 健康と病いの語りディペックス・ジャパン「健康と病の語り」https://www.dipex-j.org/(2007年から記録の収集が始まり、2009年から公開)閲覧は誰でも可能で無料。 NPO法人 健康と病いの語りディペックス・ジャパンの目的は、以下のように記載されている(https://www.dipex-j.org/outline/outline_mokuteki)。

認定NPO法人ディペックス・ジャパンの大きな目的は、 「患者の語りに耳を傾けることから”患者主体の医療の実現”を目指す」ことです。 そのための手段のひとつして、「健康と病いの語りデータベース」を構築しています。 「健康と病いの語りデータベース」の具体的な目的は次の4つがあります。 患者さんやご家族へ 第一に、患者さんやご家族に病気と向き合うための情報と、知恵と勇気、心の支えを提供することです。 友人、職場の人など周囲の人々へ 第二に、友人・職場の人など周囲の人々に「病いを患う」ということがどういうことなのかを分りやすく提示して、患者さんの社会生活の質の向上を目指しています。 医療系学生や医療者の教育に 第三に、医療系学生の教育や、医療従事者の継続教育に活用していくことを目指しています。 患者体験学の確立へ 第四に、語っていただいたインタビューデータを研究に活用して、「患者体験学」を確立することを目指しています。 ディペックス・ジャパンでは、医療政策・医療行政には患者視点の導入が重要であるとの思いから、「患者体験学」の体系を整え、患者の声を確かな学術的研究に結びつけていくことを目指しています。

記録は匿名化(仮名orアルファベット)されており、動画・音声(1~4分程度)で公開されている。記録収集時の年月は記載されており、動画の場合は顔と姿が公開されている。  研究のためのデータ利用は有料。患者の経験を教育や研究に生かすことについても以下のように記載されている(https://www.dipex-j.org/about/)。

ディペックス・ジャパンの活動は、体験者の語りをインターネット上に公開することにとどまりません。 患者・家族が語る病いの語り映像を医学教育に活用したり、インターネット上には公開しきれない膨大な量の語りのテキストを、さまざまな領域の研究者が異なる角度から分析して論文を書いたりすることで、より良い医療実践につなげていくことも目指しています。 ディペックスは、患者の経験を社会資源として活用してくための、新しいシステムでもあるのです。 ◇データシェアリング利用料 ・社会人: 1疾患につき100,000円(延長する場合は年50,000円)・税別 ・学生※: 1疾患につき10,000円(延長する場合は年5,000円)・税別 ※常勤職の社会人学生は社会人に準じます。

データの利用は研究論文や学位論文の作成に寄与している(データシェアリング成果物一覧https://www.dipex-j.org/outline/data-sharing)。 6)サノフィ株式会社「患者向け糖尿病情報サイト」 https://www.dm-town.com/iddmpark/voice/(開始時期不明)閲覧は誰でも可能で無料。  11名の1型糖尿病患者のインタビューが、実名・顔と姿を公開して動画(6分~14分程度)で掲載されている。記録の収集日と公開日は不明。このページは、「1型糖尿病の患者さんと患者さんを支えるみなさんにどのような病気なのかを知って頂くための情報」だとして公開されている。 7)チーム脳コワさん「当事者インタビュー」 https://xn--48jwgtd7b1iqd2dv723f.com/interview(2021年から記録の公開が始まっている) 利用規約(https://xn--48jwgtd7b1iqd2dv723f.com/terms)  2021年2月から2022年11月までで、高次脳機能障害当事者へのインタビューが41件文字データで公開されている。インタビュー文字起こし部分を無料で見ることのできる一つひとつは1100字程度。顔や姿の写真はない。インタビューは実名か匿名(アルファベット)で公開されている。公開した年月日は記載されているが、記録を収集した日の記載はない。当事者インタビューの全文閲覧には要会員登録(有料)。  会員登録申し込みページには、コミュニティの概要とともに費用について以下のように記載されている。 (https://docs.google.com/forms/d/1pUJtWyH2HQaaOn1O6bvl-ij7dPmfXCBisVcDJIdoxLQ/viewform?edit_requested=true)。

高次脳機能障害・失語症の生活、特に「就労」における困りごとについて学ぶオンラインコミュニティです。 1.当事者インタビュー・専門家の寸評など冊子の内容がすべて閲覧できます。さらに解説動画があります 2.長年支援に関わってきた医師・看護師・リハ職・心理職のセミナーが会員価格で受けられます 3.交流会や症例検討会などがあります(状況によりリアル開催も検討) 4.会費は月額会費 2,000 円、年会費(まとめ払い) 20,000 円です。(2022年度)

病の語りや、当事者による実践の工夫・知恵が公開されているのを確認した。上記に紹介したサイトで公開された質的データには、匿名や実名の公開、顔や姿を公開する/しないなど方法がいくつか確認できた。また、語りの公開には、「知られたくない人」・「知らせるために実名や顔と姿を公開する人」など理由もさまざまにあった。  次に紹介するarsvi「声の記録」では、多くが名前を公開してよい人である。ここでは、特定の年代や個人に関する語りも収集している。それは、出来事や物事のつながりを知るのに役に立つのだが、実名を公表するか匿名とするかでは、信憑性がかかわってくる。上記でも紹介した薬害訴訟のために記録が役立つ場合もあるが、ここでも同様に匿名性がかかわってくるだろう。 8)arsvi.com「声の記録」:http://www.arsvi.com/a/arc-r.htm  生存学研究所関係者や大学院生がインタビューし、その文字起こしデータが本人の了解の上で公開されている。一部、動画と音声もある。語りを集める計画について、その趣旨が次のように説明されている。

とくに力をいれるのは、前世紀から生きてきた人たちの経験・行動の記録を集めることだ。1930年生の人は90歳を、40年生の人は80歳を超えた。既に多くの記憶が失われ、ここで力をいれないと、さらに失うものは大きい。語りが大切だとは誰もが言い、書籍や論文も増えてはいる。しかし研究者が個々に聞き取りをし、それを自らの手許だけに置き、そのごく一部を使うというのではもったいないし効率的でない。むしろその「もと」が集められ保存され公開できるものは公開されるべきである。2017~2019年度の基盤B研究「病者障害者運動史研究」の関係で350ほどの録音記録がある。現在、手を加え、許可を得ながら、文字化された記録のウェブ公開を進めている。申請時の掲載分が約160。その調査で話を聞いたのは50年代生まれの人たちが多かったが、同時期の証言の数が増えていくと、厚みが増し、人やできごとのつながりが見えてきて、時空が現われてくる思いのすることがあった。

自分たちが集めたものだけでなく、他に掲載されたりしているものについても、集めて整理して掲載することにやはり意味はある。語りを集めて整理して見えてくることもあると指摘される

2.1. 各取り組みが記録を公開する方法の違い

「2. 質的データアーカイブ企画の確認」で紹介してきた病/障害の人たちの質的データアーカイブ企画には、5つの点で異なりがあった(1.実名か匿名(特定を避ける工夫も含む)、2.閲覧やデータ利用[無料/有料]、3.研究者によるデータ利用が想定されている/いない、4.記録を公開する方法[文字データ/動画/音声]、5.顔や姿の公開/非公開)。次節から、病/障害の人たちの言葉をウェブ上に記録することにかかわる問題を検討する。

3. 公開/限定公開

記録を公開する方法には、誰にでも閲覧可能とする場合と、限定して公開するという方法がある。記録の公開性については、インタビューなど質的調査から得られたデータには個人情報が多く含まれることから、公開するのは研究利用に限定したうえでできる限りの公開が望ましいと指摘されている(森本[2014:125-126])。上記に紹介した8つの取り組みで確認できたのは、限定などの措置が確認できたのは2つあった【5)NPO法人 健康と病いの語りディペックス・ジャパン「健康と病の語り」】【7)チーム脳コワさん「当事者インタビュー」】。  ディペックスの取り組みは、データの利用は申請者に限定するというものである。これは、データ提供者保護のためにデータへのアクセスを制限するという伊東[2022a][2022b]の報告に近似している。また、限定するという意味では、【7)チーム脳コワさん「当事者インタビュー」】のように、全文閲覧は有料会員のみとすることでもデータ提供者保護に一定の効果はあると思われる。この方法では、ウェブに公開した質的データに触れられる人をある程度限定でき、運営側は企画の継続に必要な資金を確保することもできる。資金の課題については、「5.病/障害の人たちの言葉をウェブ上に記録する現状と今後」で述べる。  他方、より多くの人に知ってほしいというものである場合には、本人の語りが動画/音声/文字データでウェブ上に公開されている。知ってほしいという性格のものであっても、登録者のみが閲覧可能という形式で、限定公開としているものもあった【1)かけはし研究班による「患者情報登録サイト」】。いくらデータを匿名化しても、身近な人が読めば聞き取り相手が誰なのかわかってしまう可能性がある(青山[2019:101])という理由もあってのことだろう。本人はその情報を隠して生活している/他者に知ってもらう必要が無いという場合もあるし、病/障害について本人が語った情報はプライバシー性の高い問題だからである。

4. 実名/匿名

実名/匿名は、公開/限定公開/非公開の一部ともいえる。いずれの方法がよいかは、本人が何を望むかによる。また、読み手の希望に合わせて公開の方法を決める場合もあるだろう。本稿でとりあげた8つの取り組みには、両方の仕組みがあった。伊東[2022a][2022b]が報告しているのは、データ提供者を保護できるなどといった相応の理由から、すべて匿名化するという方向である。しかし、条件が変われば、匿名ではなくて実名のほうがいい。伊東も述べているように、匿名化してしまえばその情報にある価値が損なわれてしまう場合などである。また、研究者による記録の公開で害を及ぼす可能性があることを事前に検討する必要があるという指摘もある(Eysenbach et al.[2001])。例えば、実名の公表や個人情報が語りに含まれることで、個人が特定される可能性が生じてしまう。それは訴訟(【2)HPVワクチン薬害訴訟全国弁護団「被害者の声」】)など他者に知らせることが目的だと想定される記録ならある部分は別なのだが、匿名性は社会的脆弱性の高いマイノリティの研究参加者・対象者にとって、命綱になる可能性が指摘されている(青山[2019:100])。訴訟のように他者へ知らせることを目的としていても、知らせたい/知らせたくないという本人の意向もあってか記録は実名/匿名というように決まりなく公開されている。記録の公開に関して、記録の公開による個人の特定可能性など、対象者はリスクを背負う場合がある。 他方、「8)arsvi.com「声の記録」」が記録している「社会運動や政策の歴史」の場合には、誰が、誰と、誰に対して、というように行為の主体や史実が大切である。ここでは固有名があることによって、同じ人の複数の場での活動がわかったり、ほかの記録と並べてつなげることが可能になったりするなど、匿名化していないことによる利点もある。  また、【2)HPVワクチン薬害訴訟全国弁護団「被害者の声」】は、被害のあった年月、県名、当時の年齢、などの情報を含む記録が公開されている。  そして、【4)一般社団法人 わをん「当事者の語りプロジェクト」】は、実名や顔と姿を公開してある。「重度訪問介護を利用することで、当事者がどのような生活を実現することができるのかを、社会に発信していくことが重要だと考えております。当事者の悩みや生きづらさも含めた、等身大の生き方を発信すること...」という目的に沿って進められている。

5. 病/障害の人たちの言葉をウェブ上に記録する現状と今後

以上のように、各々の取り組みが掲げる目的によって記録の性格は異なる。特定の目的をもって始まった取り組みが様々あって併存しており、情報を求める者がウェブを検索すれば必要な情報にたどりつける。一見それで問題はないように思われる。  ここでは、それ以外に必要なことを考える。一つに、伊東が報告するような、既に調査で集められたデータの保存、再利用のために、という場合がある。日本では実現していないが、国の資金によって学会などの学術団体が行えばよいということになる。しかし、問題は、求められているものがそれだけではないということだ。  情報や記録を求めている人たちに、「こんなこともある」「こんな人もいる」などという例示ですまない場合、自発的に応ずるものを集めて公開というのでは足りない場合がある。治療法が確立していない難病の当事者や医学的な診断のつかない病・症状がある当事者などである。  それをどのように運営していくか。「1)かけはし研究班」をとりあげて考える。  1. 予算が無くなり、継続が困難になった。それでは、寄付が継続的に十分に集まればよいのだろうが、そうした習慣や制度がないところ(例えば日本)では困難である。記録を収集していても、永続性の担保されたアーカイブ機関を設立することは今の日本では簡単ではない(小林[2014:123])。科学研究費(2~5年)や厚生労働科学研究費(1~3年)にしても一時的なものである。助成が終わると取り組みの継続が困難になる。サービスの利用者を資金提供者とする仕組みも紹介されているが、デジタル・アーカイブは紙媒体とは異なって資金が切れたと同時にサービスの提供が終わってしまう危険性も指摘されている(永崎 [2007:349])。記録を継続的に保管する枠組みを作る、あるいは大学や独立行政法人のような研究機関としての機能を持つ組織が取り組みを担う、あるいは恒常的に支えるようにする、などの仕組みが必要だろう。  2, 取り組みを担う中心が(継続的に)存在すること。かけはし研究班の場合、現在は取り組みの中心がいない状態になった。 取り組みの継続に必要な要件は、2)取り組みを担う中心が存在すること、それを可能にするためにも、一時的な(競争的)資金ではない資金源の確保が必要である。