ME(筋痛性脳脊髄炎)/CFS(慢性疲労症候群)の人たちへのインタビュー記録のアーカイブ 石川 真紀
2022.10 『遡航』004号 pp.96-98
要旨

筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome: ME/CFS,以下ME/CFS)は、日常生活が著しく損なわれるほどの強い全身倦怠感、微熱、リンパ節腫脹、頭痛、筋力低下、脱力、睡眠障害、思考力・集中力低下などを主訴とし、休養しても回復せず、6カ月以上の長期にわたって症状が続く難治性疾患である。病因不明で、確立された治療法はない。  日本では、1990年に患者第一号が発見され、1991年に旧厚生省研究班が発足して以来30年を経た現在でも、専門外来は国内に10カ所ほどしかなく、患者は診断や治療を受けることが困難な状況におかれている。日本の患者数は、国の研究班による1999年と2012年の過去2回の疫学調査により、10~30万人(0.1~0.3%)と推計されている。ME/CFS患者の71%は、働くことができず、30%が外出困難または寝たきりで介助が必要だが、指定難病ではなく障害者手帳の取得も困難である。 2015年に米国医学研究所(Institute of Medicine: IOM, 組織変更があり2022年現在は全米医学アカデミーNational Academy of Medicine: NAM)は、ME/CFSの新しい診断臨床基準と、この病気の新しい名称である全身性労作不耐症(Systemic Exertion Intolerance Disease: SEID)を提案している。このレポートによると、筋痛性脳脊髄炎という用語はこの病気を正確に説明しておらず、慢性疲労症候群という用語は、この病気に苦しむ患者にとって矮小化され、スティグマ化される可能性があり、 筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群およびSEIDは、精神医学的または心理的な病気ではなく、内科的な病気であることを強調している。  また、米国医学研究所は全米の臨床医に対し、SEIDが重篤な全身疾患であることを理解して、診断・治療に取り組むように提言をした。一方、日本国内でそうした動きはない。患者支援団体(著者が主宰するCFS支援ネットワーク)とME/CFS臨床医・研究者による連名で政策提言をした(伴 他[2021])が、政府は取り組む姿勢をみせていない。 認知度が低いこの病気の患者が、いつどのように発症し、どのような経緯を辿り、どのような暮らしをしているのか、これまで知られる機会がなかった。指定難病でもなく、認知度が低く情報が不足しているために、一般の医療機関では「異常がない」ことにされたり、公的相談機関では対応してもらえなかったり、「誰でも疲れている」と取り合ってもらえない経験が多く語られた。なかには家族の理解が得られず、孤立している事例も珍しくない。医療にも福祉にもつながれず、病気でも障害でもないことにされ、家族からも見捨てられた「難民状態」の人が、この現代に存在する。  2019年11月、立命館大学大学院先端総合学術研究科教授の立岩真也にME/CFS患者がおかれている状況や、社会的研究が限りなく乏しいことを報告・相談し、10人のME/CFS患者にインタビュー調査をする機会を得た。その後、著者の健康上の問題ですぐには着手できなかったが、2021年1月から2月にかけて実施することができた。CFS支援ネットワークの理事(当時)で毎日新聞記者である谷田朋美氏と分担した。文字化されたその記録を話し手に見てもらい、加筆・削除・修正を加えた記録を、生存学研究所のサイト(http://www.arsvi.com/)に掲載している。「慢性疲労症候群 生存学」で検索、あるいは「生存学」→http://www.arsvi.com/の表紙で「www.arsvi.com内を検索」、とし「慢性疲労症候群」あるいは「MECFS」で検索すると、「ME(筋痛性脳脊髄炎)/CFS(慢性疲労症候群)」http://www.arsvi.com/d/mecfs.htmがあり、そこに記録の一覧がある。また同じサイトの「生を辿り途を探す――身体×社会アーカイブの構築」http://www.arsvi.com/a/arc.htm→「声と象の記録」にも、一覧と「ME(筋痛性脳脊髄炎)/CFS(慢性疲労症候群)」頁へのリンクがある。  10人中5人が学生の時に発症しており、学校側から配慮を受けてなんとか卒業できた者もいれば、通学や進学を諦めざるを得なかった者、国民が国に対して要求できる基本的人権の1つとされる「教育を受ける権利」を奪われた者もいた。  これらのインタビューに応えてくれたのは、「CFS支援ネットワーク」の会員9名と協力団体の代表1名である。多くの患者は、ME/CFSの症状のひとつであるブレインフォグ(脳の霧)や、認知機能の低下により、話すこと自体に支障があり、話し終わった後は体調が悪化して寝込むのを覚悟で、勇気をもって臨んでくれた。同病者が聞き手であることによって信頼が得られ、これまで他人に話したことのない心情や、屈辱的な経験、自殺未遂など、赤裸々に語ってくれた。ME/CFS患者は、話す、読む、書く、全てにおいて支障があり、それができる体調や時間を捻出することも難しく、文字化されたテキストの確認・加筆・削除・修正には、長い時間を要した。長い人で、1年近くがかかった。  2014年に厚生労働省が行った「慢性疲労症候群患者の日常生活困難度調査」によると、「日常生活上の身の回りのことができずに介助を要し、一日の半分以上を横になっている」という重症患者が30.2%、発症時に働いていた患者で仕事を継続できたのは2%だったが、今回のインタビュー調査においても、休職や失職をした者は8名中8名、就業の経験がない者が1名で、仕事を継続できた者は1人もいなかった。病名がわかるまでにかかった年数は数カ月~20年と幅広い。  米国医学研究所のデータでは、「罹患者の最大91%が未診断または誤診されている」といわれているが、日本で同様の調査は行われていない。国による公的な情報提供が行われているアメリカに比べて、それが全く行われていない日本で未診断または誤診の確率が低いとは考えにくい。診断する医師がいない地域では、診断にたどり着くことはより困難である。  2020年からは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の後遺症のうち10~60%が、急性期を過ぎてもさまざまな症候が改善せず、‘Long COVID’という呼称で問題になり、ME/CFSの診断基準を満たすことが国内外で報告されている。少なく見積もって、 ‘Long COVID’患者の10%がME/CFSに進行すると想定すると、今後32万人を越えるME/CFS患者への対応が求められる事態が予想される(2022年10月25日現在のCOVID-19感染者数は約324万人)。  筆者の友人家族が新型コロナワクチン接種後に、通学・通勤ができない体調になった場合でも、厚生労働省の相談窓口からは都道府県の相談窓口を紹介され、都道府県の相談窓口では補償制度の紹介のみで、後遺症かどうか診断ができる医療機関は紹介できないという回答がされた。地域の保健所の相談窓口でも、都道府県の相談窓口を紹介され、解決の糸口を見出せなかった。求めているのは症状の改善や治療であるが、なされるのは補償制度の紹介ばかりだ。国が因果関係を認め、補償制度の対象になったのは2022年10月現在、たったの4人である。