1. はじめに
私は2003年から2015年まで、障害学会の理事を6期12年間務めました。その間、さまざまな業務に関わりましたが、今から振り返ると当初10年あまりの間、大会の情報保障の手配については、森壮也氏を除くと私以外に継続的に関わっていた人がいないことに気づきました。そこで、私が知る範囲で、障害学会での手話通訳と文字通訳の手配の記録を残しておくことは、今後のためにも必要だと思い、この覚え書きを作成することにしました。 この覚え書きは、当時の理事会に提出した報告資料などをもとにして杉野の記憶で作成しています。理事会メーリングリストを検索すれば、確実な証拠が出てくるはずですが、当時の理事会メールはそのとき私が所属していた大学のアカウントを使用していたので、転勤によってすべて消失しております。過去の理事会メールを保存されている方がおられれば、ここに書いた覚え書きの情報は訂正されるべきものですし、また、森壮也氏その他、大会情報保障に関わった方の記憶等によっても、この覚え書きは更新されるべきものです。この覚え書きには、個人の記憶という限界があることをあらかじめお断りします。 また、ここに書かれた情報は杉野が理事として関わっていた2015年までの情報ですが、昨今の音声自動認識の精度の格段の向上も踏まえたうえで、今後の文字通訳の質や価格についても個人的なコメントをしています。
2. 障害学会大会における情報保障手配についての覚え書き
以下では、大会ごとに手話通訳と文字通訳の手配についての記憶を整理します。手話通訳と文字通訳は、その利用者も提供者もまったく異なるので、それらを別個に記述する方法も考えましたが、後述するように、価格や報告者への配慮要請などの面で、大会主催者の立場からみると両者は密接に関わっているので、両方を記述することにしました。しかし実際には、手話通訳の依頼と文字通訳の依頼は異なる担当者が行うこともあったし、その方が円滑にいく部分もあると思います。
(1)障害学会設立総会 2003年10月11日 東京大学(駒場キャンパス)
実行委員長 長瀬修
障害学会では設立総会のときから手話通訳と文字通訳をつけていたと思いますが、設立大会の準備には私は関わっていなかったので誰がどのように手配したかはわかりません。長瀬修氏が主催していた障害学研究会関東部会では文字通訳を利用されていたように記憶しているので、文字通訳は長瀬氏が、手話通訳については森壮也氏が手配されたのではないかと憶測します
(2)障害学会第1回大会 2004年6月12日(土)~13日(日) 静岡県立大学
大会長 石川准
2004年の第1回大会では、手話通訳も文字通訳も東京の人材に依頼して、手話通訳者には静岡まで泊を伴う出張依頼をおこない、文字通訳は東京からリモート通訳を実施しました。情報保障の費用は、手話通訳、文字通訳ともに、人件費+交通費+宿泊費なので、リモート文字通訳を利用することで、交通費と宿泊費の出費を節約できることと、「泊を伴う仕事」だと依頼を受けてくれる人材に制限が出てくるという点でも、リモートのメリットはありました。 ただし、当時はリアルタイムのリモート文字通訳には通信リスクもあり、実際に静岡大会では初日の午前中の理事会では東京の文字通訳と接続できない事故があったように記憶しています。また、当時リモート文字通訳をおこなうためには、テレビ会議が可能な教室などが必要で、他大学会場ではそうした教室を確保する困難や、テレビ会議の通信にも不具合があることも多かったので、リモート文字通訳は第1回大会で実施されて以降、2014年の第11回沖縄大会まで実施されませんでした。
(3)障害学会第2回大会 2005年9月17日(土)~18日(日) 関西大学大会長
杉野昭博
2005年の第2回大会では、手話通訳については東京から2名出張してもらい(東京組)、大阪で2名を依頼して(大阪組)、通訳者2名一組になって、交互に各自由報告を担当してもらい、シンポジウム等は時間で交代してもらいました。手話通訳に関して、東京と地元の両方の通訳者を依頼することは、地方で大会を開催する際の方法としてこの後も定着していきましたが、すべての通訳者を東京から派遣するケースもありました。このときの考え方は以下のようなものだったと思います。 手話通訳者の選定に際しては、学術情報の通訳ができる、信頼の置ける技術のある通訳者という条件がありました。ただ、そうした条件を満たせる通訳者は東京に数名存在していただけで、地方ではそのような人材は少なかったので、次善の条件として「国立障害者リハビリテーションセンター学院手話通訳学科」出身の中堅通訳者、もしくは、それと同等の技量の人(CODAの通訳者など)を地元で依頼するというものだったと思います。 文字通訳については、会場校の関西大学の教室がリモート通訳を実施できる設備でなかったために、地元の文字通訳を依頼しました。最初は、おそらく理事のどなたかから「O-CAP(大阪キャプショナーズ)」というPC通訳グループ名を紹介され、これをネット上で検索していたら、その姉妹団体の「Luna」という団体のページにたどり着きました。現在もウェブページがあったので調べてみると、「ご案内」には、以下のように記載されています。
「パソコン通訳サークル「Luna」は、 O-CAP姉妹サークルとして設立されました。 きっかけは、10数年前にO-CAPにて行なわれたPC通訳者養成講座からです。このPC通訳とは、聴覚障害者への情報保障の一環として、パソコンにより言葉を文字として表示する活動のことです。 このサークルでは、特に京阪地区を中心として大阪市内等、ご要望があれば近畿圏内にて幅広く活動しています。1999年11月より活動を開始ました。よろしくお願いします。 ※O-CAP(大阪キャプショナーズ) 大阪を中心に有志にて設立されたPC通訳グループです。現在は活動を終了しています。 ※Luna:ルナ・・・月を意味します。 地球を回る衛星として、聴覚障害者に光を渡せるように、 またプロジェクターの投影をイメージして、 そして、字幕付き(ツキ)の願いを込めています。」 https://www.pc-luna.com/luna%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6 2023年1月9日DL)
この「ご案内」によると1999年から活動開始となっているので、障害学会が依頼した2005年というのは、この団体にとっては比較的早い段階での依頼だったといえるでしょう。現在のウェブページには、2009年(平成21年)から2019年(令和元年)までの活動記録が掲載されていますが、企業や大学の情報保障をはじめ幅広くおこなっています。しかし、「現在は諸事情により基本的に、何らかのご事情で、公的な通訳のご利用が難しい個人からのご依頼をお引き受けしています。」と書かれていて、「Q&A」には「大阪府内もしくは、大阪市から日帰り可能な距離」という条件で個人の依頼だけ受けること、また、「Lunaは、個人が集まったボランティアグループですので、法人契約を結ぶことはできません。」と書かれています。さらに謝金については、「最低金額として、通訳者の交通費はご負担いただきます。 通訳者への謝礼、機材の使用料などは、利用される方のご事情ごとにご相談いただいております。」と書かれています。 これらからわかるとおり、Lunaというのは、連携入力をおこなうPC文字通訳団体ですが、ボランティア団体で、聴覚障害者個人のニーズに応えようとする団体です。したがって、障害学会での文字通訳依頼は、学術報告という通訳内容の特殊性、さらに、一日10時間で2日間にわたる長時間の作業になる点など、この団体の通常の活動から見ると非常に負担が大きい依頼内容だったことがわかります。 そのため、なかなか引き受けていただけなかったのですが、他の選択肢もなかったために、こちらから以下のような条件を提示して引き受けていただきました。 その条件とは、 1. 学会の大半を占める自由報告については、報告者に事前に読み上げ原稿を提出させるので、前ロール(事前に作成した字幕)の表示だけお願いする。 2. リアルタイムの打ち込みは、1日目午前中2時間程度の理事会と、各自由報告の質疑応答5分程度と、午後の1時間の総会と、2日目の3時間のシンポジウムだけ という2点でした。謝金は、交通費等含めて一日1人1万円で、1日あたり6名の通訳者に来てもらい、大会会計からは2日合計で、文字通訳には12万円しか出費しませんでした。その代わり、できるだけ機材等はこちらで準備して、お弁当なども用意しました。 手話通訳については、基本的に個人への依頼になるので、東京の専業の通訳者と同じ金額を地方の通訳者にもお支払いしていたと思いますが、文字通訳の場合は、当時は地方の団体はLunaさんのようなボランティア団体が多く、東京の団体に比べると地方の文字通訳の費用は相対的に低くなり、地方での初期の障害学会大会会計の安定に大きく貢献していました。たとえば、東京で大会を開けば文字通訳の情報保障費が地方大会の2~3倍にはなりますが、手話通訳者の出張実費が不要なのと、参加者収入も大きくなるのでバランスシートが維持されました。一方、地方大会は参加収入が減少し、手話通訳者の出張費が増えますが、文字通訳費が低くなるので赤字額をある程度押さえられるというような状況でした。 このように、2005年の第2回大会で導入された「自由報告者への読み上げ原稿事前提出義務」は、ボランティアベースの地方の文字通訳団体に大会での文字通訳を引き受けてもらうために必要な条件でしたが、その後、2014年の沖縄大会まで、東京で開催される大会でも踏襲され、そのことは後述するような問題の原因となりました。
(4)障害学会第3回大会 2006年6月3日(土)~4日(日) 長野大学
大会長 旭洋一郎
前年の第2回大会同様の地方大会となりましたが、会場校が東京から近いこともあり、手話通訳者は東京の通訳者を3名依頼し、文字通訳については長野大学と交流のある地元の通訳グループに依頼したと思います。手話通訳の依頼は森氏が、文字通訳の依頼は旭大会長がされていたように記憶しています。
(5)障害学会第4回大会 2007年9月16日(日)~17日(祝)
立命館大学朱雀キャンパス 大会長 立岩真也
おそらく、地元の文字通訳と、東京と京都の手話通訳者をそれぞれ依頼したと思いますが、私自身の記憶がありません。ただ、手元に「手話通訳者スケジュール」というエクセルファイル(下記参照)が残っているので、手話通訳の割り振り、つまり、コーディネートを私が行ったと思われます。このエクセル表では、「京都組」「東京宿泊組」「東京日帰り組」の3班体制になっていて、1日目の16日は、午前中の理事会は京都組にお願いし、午後は東京宿泊組に加わってもらい2班4名の手話通訳者に交代でお願いしたようです。 2日目も同様に2班4名でお願いしましたが、2日目午後のシンポジウムだけ、「東京日帰り組」に参加してもらい、東京からの手話通訳者4名だけで行ったと思います。その理由は、おそらく、この時のシンポジウムは「障害学とろう者学の対話は可能か?」というテーマで、ろう者の森壮也氏が企画し司会したもので、シンポジストとして日本聾史学会の桜井強氏がいて、2名のろう者が登壇したため、手話通訳と同時に読み取り通訳が必要になったためだと思います。 文字通訳については、立岩大会長が地元で依頼されたと思います。私の手元に記録はありませんでした。 参考までに、「手話通訳者スケジュール」というエクセルファイルの画像を挿入します。おそらくこの大会以降、杉野が手話通訳コーディネート業務を担当するようになったと思われます。手話通訳者2班体制になっているのは、壇上で通訳する前に報告者との打ち合わせ時間を確保する必要があるためです。たとえば、4組の自由報告がある場合は1組目と3組目を手話通訳A班が担当し、2組目と4組目を同B班が担当するというようにスケジュールを組みます。
第4回障害学会大会 手話通訳者スケジュール表
(6)障害学会第5回大会 2008年10月25日(土)~26日(日) 熊本学園大学
大会長 堀正嗣
熊本で開催された第5回大会も文字通訳は地元で堀大会長が依頼したと思います。私の手元には第4回大会と同様に「手話通訳者スケジュール」が残っているので、手話通訳者のコーディネートは私が行い、依頼はおそらく森壮也氏がされたと思います。この大会では、手話通訳者は「熊本2名」と「東京宿泊組2名」のほか、2日目のコリン・アレン氏(世界ろう連盟理事)の特別講演のために「東京日帰り1名(通訳A)」と「豪手話通訳者1名(通訳B)」を依頼しています。アレン氏の講演は、豪手話→(通訳B)→日本手話→(通訳A)→音声日本語というかたちで、2名の手話通訳者によって通訳されたようです。
(7)障害学会第6回大会 2009年9月26日(土)~27日(日)
立命館大学朱雀キャンパス 大会長 立岩真也
第6回大会についても、私の手元に手話通訳スケジュール表があり、それによると1日目から2日目まで、理事会と自由報告については、「京都組2名」と「東京宿泊組2名」の合計4名の通訳者に依頼し、2日目のシンポジウムのみ、東京から日帰り通訳者1名を依頼して、東京の通訳者3名で実施したようです。 このような地元通訳者と東京の通訳者との使い分けは、当時はまだ学術手話通訳のニーズも経験も少なかった地方の手話通訳者にとって、当学会の通訳は負担が大きいので、報告の「読み上げ原稿」が事前に大会ウェブページでも提供される自由報告を担当してもらい、事前に読み上げ原稿が提出されないシンポジウムを学術通訳に慣れた東京の通訳者に担当してもらうという考え方もあったと思います。その一方で、すべて東京の通訳者に依頼しなかったのは、大会会計における費用負担の問題もありましたが、大会を開催した地方においても「学術手話通訳のニーズ」というものがあることを手話通訳関係者に認識してもらうという趣旨もありました。 このような事情は、文字通訳にも共通していて、たとえば、第2回大会で文字通訳を担当していただいたLunaさんは、「学会の情報保障というのは経験がないので引き受ける自信はないが、一方で学術情報の文字通訳の必要性というものもわかるのでやりたい気持ちもある」といった趣旨のことを言っていただいたと記憶しています。大学での講義の情報保障もまだ一部の先駆的な大学で始まったばかりの時期に、東京以外で開催される障害学会大会の手話通訳および文字通訳は学術情報保障の先駆的な実践になっていたと思います。 また、私の記憶で定かではありませんが、この大会で音声自動認識による字幕表示が試験的に実施されていたように思います。
(8)障害学会第7回大会 2010年9月25日(土)~26日(日)
東京大学駒場キャンパス 大会長 市野川容孝
第7回大会は東京での開催になったために、手話通訳も文字通訳もすべて東京で依頼しました。このときの「手話通訳スケジュール表」によれば、4名の手話通訳者を2班に分けて、交互に担当してもらったようです。これまでの大会では1日目と2日目とシンポジウムが2回組まれていましたが、第7回大会ではシンポジウムは1日目の午後だけで、2日目はすべて自由報告になっています。障害学会大会は「すべての報告に手話通訳と文字通訳をつける」という原則のもとに、分科会をおかずにすべての自由報告を1会場で実施してきました。このため大会ごとの自由報告の数は12件くらいが上限で、第4回大会からは「ポスター報告」を設けて壇上報告希望者でもポスター報告を選択してもらうようにお願いしていました。これについて第7回大会は、理事会を前日開催にし、シンポジウムを1件にして、自由報告枠を最大化して18件の自由報告をおこないました。
(9)障害学会第8回大会 2011年10月1日(土)~2日(日)
愛知大学車道キャンパス 大会長 土屋葉
第8回大会は名古屋での開催になりました。この大会については、手話通訳スケジュールと別に「要約筆記★01割り振り表」というファイルも手元にあり、それを見ると、3つの文字通訳団体に依頼しているようです。文字通訳に関しては、障害学研究会中部部会のメンバーで構成される大会実行委員会で依頼されたと思います。この中部部会は活発に定期的活動をされていて、日頃から文字通訳を依頼する機会もあり、私も何度か参加させていただきましたが、入力速度が速く正確な、非常に技量の高い文字通訳者が少人数のボランティアベースで字幕を提供されていました。そうした日常的な文字通訳団体との関係から、3つの団体で文字通訳を分担してもらうことになったのかと思います。 一方、手話通訳については、地元通訳2名と東京からの通訳者2名で実施した模様ですが、このときのスケジュール表では「東京組」という呼称の代わりに「コムプラス」という表記が用いられていました。おそらく第8回大会の前後から「コムプラス」問題が生じたと推測されます。コムプラスというのは外国語の通訳を派遣する会社ですが、この頃から手話通訳者も派遣するようになり、主に東京で学術通訳をしていた高い技量の手話通訳者の多数がこの時期にコムプラスに所属するようになり、従来は通訳者個人に仕事を依頼していたのですが、今後はコムプラス社を通じて依頼してほしいという要望が通訳者からあがりました。そして、コムプラスの派遣料金は「1人半日3万円、1日5万円」が目安とされたため、従来の料金の2倍以上になるため大会会計上の問題になったというのが「コムプラス問題」でした。 手話通訳については、英語の通訳と同じで、原則としては通訳者の技量レベルによって単価は異なるべきものですが、当時は「高いレベルの通訳者への需要」というのがそれほど多くはなかったので、通訳者単価の格差というのは障害学会では存在せず、技量の差にかかわらずすべての通訳者に同一料金を支払っていました。この料金は、当初は東京都の手話通訳派遣センターの料金を参考に設定され、「2時間まで7,500円、以降1時間ごと2,500円を加算」というものでした(2023年1月現在では東京都手話通訳派遣センターの料金は「当初1時間まで7,500円、以降1時間ごと4,000円を加算」とかなり値上げされています)。その後、追加の時間料金を3000円か3500円と値上げしていたと思います。したがって、大会半日の場合は4時間で1.5万円程度、1日の場合でも8時間で3万円弱を通訳者1名に支払っていたので、コムプラスの料金は2倍近いものでした。 そこで、障害学会と同様にこれまで学術通訳を利用していた日本手話学会と日本聾史学会の3学会で情報交換したうえで、コムプラスの担当者と3学会で2012年3月に意見交換の機会をもちました。その結果、「コムプラスは通訳者を囲っているわけではないので、通訳者個人に依頼すれば別料金で利用できる。ただし障害学会とは2011年の第8回大会で契約しているので、いったんコムプラスを通して通訳派遣の契約を結んだ場合は原則として通訳者個人には依頼できないルールなので社に持ち帰って検討する」ということでした。検討の結果、後日、2011年第8回大会におけるコムプラスと障害学会の手話通訳派遣契約は、錯誤によるもので無効とされ、以降は、従来通り手話通訳者個人に依頼するようになりました。 しかし、手話通訳者がコムプラスで仕事をした場合の手取りに見合う金額を学会としても支払わないと、依頼が競合した時に他の仕事に通訳者を取られることもあるので、1時間あたり5千円を支払うのが妥当であると理事会で合意されました。従来に比べると1.5倍の値上げになりました。この通訳費の値上げは、手話通訳への需要の高まりを反映したものであるとともに、コムプラスとの意見交換で示された「手話通訳で食べていける職業としたい」というコムプラス側の意見に対して、「技量の高い手話通訳者の養成の必要性は理解できると同時に、障害学では介助者の生活保障は古くからの重要な課題であり学会としても理解できる基盤はあると思う」(コムプラスとの意見交換の記録から引用)と応じたことにも対応していたと思います。
(10)障害学会第9回大会 2012年10月27日(土)~28日(日)
神戸大学鶴甲第2キャンパス 大会長 津田英二
この大会から手話通訳に関しては「コーディネート業務」を通訳者に委託するようになったと思います。私の手元に「手話通訳スケジュール表」は残っていません。私の記憶では、従来通り、東京の手話通訳者2名と地元手話通訳者2名に依頼したと思います。このときの地元手話通訳者は、2008年から関西学院大学人間福祉学部で日本手話の選択必修授業が導入されたのをきっかけに設立された、関西日本手話研究会のメンバーが担当してくれたように思います。文字通訳については、当時学会事務局長だった横須賀俊司さんが、大阪聴力障害者協会に大会文字通訳費として15万円を支払った記録があります。 この大会では大会長の津田さんが理事でなかったこともあり、また情報保障に関する業務が大会実行委員にとって負担が大きいので、理事会が担当することになったように記憶しています。
(11)障害学会第10回大会 2013年9月14日(土)~15日(日)
早稲田大学戸山キャンパス 大会長 岡部耕典
東京開催の大会であったため、東京の通訳者にコーディネート業務を依頼して通訳者を集めてもらい分担してもらったと思います。この手話通訳コーディネート業務を整理して2013年1月の理事会で承認してもらい、これに沿って第10回大会はベテラン通訳者のMさんにこの業務をお願いしたと思います。そして大会の経験を踏まえて2014年1月の理事会で訂正したのが以下の「手話通訳コーディネート(CD) 主な業務・流れ」という文書です。
手話通訳コーディネート(CD) 主な業務・流れ (2013.1.18障害学会理事会作成・2014.1.7訂正) (以下「通訳」とはすべて「手話通訳」のことで、「文字通訳」についてはCD業務に含まない) 【~1ヶ月前】 ・大会スケジュールの確認 ・学会担当者との必要事項の確認(=打合せ)・・・スケジュール、会場の状況等 ・必要な通訳人数の把握、通訳者打診、確保 *1ヶ月よりも前に行う (通訳者打診はできれば,3ヵ月以上前から開始しておく) ・宿泊予約の連絡・・・通訳者各自で確保してもらう、通訳者から希望があればCDの方で宿泊予約 ・大会長への依頼(資料請求等) ・・・大会タイムスケジュール 大会プログラム 会場配置図(通訳者立ち位置・座席位置が載っているもの) 各発表者の発表要旨 〃 当日使用する資料、パワーポイントなど←あれば(発表要旨あるいはパワーポイントは,手話通訳では事前に必須) 文字通訳のPC前ロール用の詳細原稿 大会中の通訳者の昼食弁当の依頼 【1ヶ月前~2週間前まで】*資料郵送は10日前までを目安に(資料は電子メール添付ではなく,紙に印刷した形での送付が必要。大会2週間前に大会長からCDに報告関係ファイルが送付されるので、通訳者が必要なものを印刷コピーして各通訳者に郵送する。コピー費用は事後実費請求。) ・通訳概要(=詳細連絡)の通訳者へのメール連絡 →この時点で分かっている内容・・・①日時、②会場、③待合せ場所・時間、等々 ・通訳分担表(=シフト表)の作成→必要に応じて通訳者への相談、確認し、送付 ・通訳者到着時間や打合せ時間が確保できないなど何か問題あれば、担当者と相談・調整 ・大会期間に通訳者が必要な昼食弁当の数を日付ごとに確定して大会長に知らせる。・担当者への打合せタイムスケジュール提示(→発表者へ確認連絡してもらう) ・特にシンポジウムについては複数人での打ち合わせとなること,企画者のイニシアティブで打ち合わせが行われることがあるので,情報をフォローして確実に時間を確保 ・通訳者への資料郵送 ・〃 追加(変更)の資料→郵送又はメール添付 *いただいた資料(データ)に不備がないか、中身をチェック *担当者(またはHP)に、資料の追加・変更がないかどうか随時確認 ・大会長に会場での手話通訳用の台や照明の有無および照明の位置についての要望(特にパワーポイント使用のために照明が落とされても,通訳には照明があたる状況になっているかどうかの確認) ・大会長に当日のコピーの使用可能性とその場合の手順について確認 【1週間前~5日前まで】 ・資料の変更、追加があるか確認→通訳者へ送る(メール) ・当日使用する資料(追加・変更も含め)があるか発表者への確認を実行委員会担当者に行う。ある場合には、請求,入手し→通訳者へ送る(メール) ・最終の詳細連絡(メール) ・各発表者に当日の打ち合わせ時間と控え室の事前連絡を実行委員会に依頼 【当日(開始前まで)】 ・会場の確認・・・通訳者立ち位置、通訳者席、マイク音量、照明(明るさ)、マイク、 スクリーン位置 ・控え室の場所の確認 ・手話通訳用控え室でのお水と軽食等(18時以降の通訳がある場合)の準備(実費事後請求) ・各発表者が時間前に来ているかどうかの確認(受付担当者に参加受付の際に連絡してもらう) ・各発表者に当日使う資料がないか直接確認を行う・・・通訳打合せ時でも可、ただし打合せが発表直前だと間に合わない場合は、発表者が到着次第、確認を行う。 ・当日追加資料があった場合,コピー。 ・シンポジウム関係者打合せ時間の(変更がないか)確認 【大会開始後】 ・会場内で、マイク音量や照明、通訳者立ち位置など、問題ないか、都度チェック・・・あればすぐ調整 ・進行状況の把握・・・時間変更あれば確認し、通訳者に伝達 ・その日の終わりに、通訳者と終了時間の確認を行う。また、通訳上の問題・不備がなかったかを 聞く。可能であれば翌日に反映させる。 【大会終了後】 ・通訳者全員の通訳謝金の振込先と金額を記入した請求書作成し、コピー代や水等実費請求とともに、速やかに支払担当者(通常は学会事務局長)へ送る。 ・次年度に向けて、気が付いたこと、反省点などをまとめ、担当者は情報保障担当理事に大会終了後,1週間以内に報告。 以上、引用終わり
このように、従来は森壮也さんが個別に通訳者とやりとりしていた業務を手話通訳者の代表者に委託し、杉野が担当していた大会プログラムに合わせた通訳者の分担割り振りもこの代表者に委託する内容でしたが、これは通訳者の間で円滑な人間関係が成立していないと機能しないと思います。ただ、この頃には、東京の学術手話通訳者の多くがコムプラスに所属するようになり、地方でも国立障害者リハビリテーションセンター学院出身の手話通訳者のネットワークが形成されてくるようにもなったので、こうした業務をベテラン手話通訳者の方にお願いすることも可能になってきたのかもしれません。 なお、2014年1月6日から2月11日にかけておこなわれたメール審議の理事会記録によると、手話通訳者コーディネート業務は2~3万円で通訳者の代表の方に依頼すること、また、通訳単価について、手話通訳も文字通訳もともに1人あたり1時間5千円が障害学会の基準となっていることが確認されています。
(12)障害学会第11回大会 2014年11月8日(土)~9日(日)
沖縄国際大学 大会長 岩田直子
第11回大会では、東京から沖縄まで手話通訳者2名に出張してもらうことと、沖縄の地元の通訳者を理事の高山亨太さんが探してくれました。沖縄大会で大きな変化をもたらしたのは文字通訳でした。地元の文字通訳を高山さんが探した結果、「アイセック(http://www.iscecj.co.jp/)」という会社が見つかり、この会社に依頼することになりました。アイセックはビジネスベースでリアルタイム字幕をリモートで提供している会社なので、地元の沖縄で開催される障害学会大会についてもリモートでの字幕提供になりました。そのため、関西学院大学で開催された翌年の第12回大会でも文字通訳はアイセックに依頼しています。 当時は、アイセックから専用の携帯電話端末が送付され、これを学会大会の音声アウトプットにラインでつなぐと、アイセックに音声が送信され、これをアイセックの入力者が連携入力でリアルタイム字幕が作成され、この字幕データがインターネットで送信され会場のプロジェクターに投影する仕組みでした。同社のウェブページを見ると、現在も基本的にこの仕組みは変更されていないと思います。 一方、費用ですが、同社の「e-ミミサービス」の標準参考価格は、2023年1月現在で税込み1時間44,000円となっています。第11回大会で依頼したのは10年前なので、もう少し安かったと思いますが、2日間で総会を含めて字幕提供時間は12時間ほどなので、総額で40万円弱だったのではないかと思います。学会としての文字通訳の時間給の上限を、当時は手話通訳と同額の5,000円で設定していたので、連携入力字幕の場合、人員は4~6名で実施するので、時間あたりの費用は2~3万円が上限だったので、アイセックの価格は当時から上限を超えていたと思います。(第6期または7期理事の方の手元に当時の詳細な記録があるかもしれません)にもかかわらず、アイセックの文字通訳を沖縄大会以降も利用することになったのは「一般自由報告における読み上げ原稿の事前提供」問題が理事会で懸案となっていたことと関係しています。 初期の障害学会大会では、東京以外の地方での手話通訳も文字通訳もボランティアベースのものが多く、いずれも学会が要求するような高度なパフォーマンスをしてくれる人材を探すのに苦労しました。とくに文字通訳の場合は、学会が必要としていたのは「要約のみならず、話の全てを伝えることを目指す文字通訳」(特定非営利法人全国文字通訳研究会「私たちの主張」https://mojitsuken.sakura.ne.jp/wp/opinion/ 2022年1月11日DL)でした。これに対して、全国の「要約筆記者」の歴史は、筆記者が音声の話を耳で聞いて理解して要約したものを文字で聴覚障害者に伝えるという仕組みとして始まり、文字化の手段が手書きからパソコンに代わっても、「要約」を基本として筆記者の養成がおこなわれています★02。 このように、筆記者が理解した内容を利用者に伝えるという「要約筆記」の仕組みは、大学の授業や学術報告の情報保障としては適当ではないということは誰でも理解できることだと思います。たとえば、講義で話される内容を理解して要約することこそが大学での学習の本質の一部であると考えると、この学習過程を他者が代替してしまう要約筆記は「大学教育というサービスの本質」を変更するものであって「合理的配慮」とは言えないという疑いも出てきます。そこで授業の情報保障に関わった大学教員の多くが、雑談や学生の反応も含めて授業の音声すべてを文字化することを授業の情報保障の原則と考えています。(たとえば、高畑ほか(2006: 138)のAppendix「ノートテイクは通訳です」参照)これと同様に学術報告も、その音声情報すべてを文字化するのが理想であり、これを要約して伝えるとすれば、当該学術報告に精通した専門家にしかできないことであり、一般的な音声情報を扱う要約筆記者に依頼すること自体がミスマッチだといえるでしょう。 こうして障害学会では当初から文字による情報保障手段としては、音声の一部を要約して伝える要約筆記ではなく、音声のすべてを文字化する文字通訳を依頼していました。しかし、話されたことすべてを同時にパソコンに長時間入力するのは、4~6名の連携入力を用いても負担が大きく、地方では引き受けてくれる文字通訳団体を探すのに苦労したため、先述したように2005年の第2回大会以来、一般自由報告については同時入力はおこなわずに、報告者から事前に提出された「読み上げ原稿」を事前に字幕化して、当日はこれを表示するだけという方法で、質疑応答やシンポジウムだけの同時入力を引き受けてもらっていました。 ところが、この結果、一般自由報告について、事前に用意した原稿を読み上げるだけの報告が増えて、一部の会員や理事から報告が聞きにくいという苦情があがっていました。また、報告者が原稿を早口に読み上げることで手話通訳が追いつかないという問題も発生していました。そこで、2009年の第6回大会のウェブページでは、報告募集にあたって以下のように記載されるようになりました。
「*手話通訳、PC要約筆記等のための詳細原稿の提出を事前に求めます。その詳細・期限については追ってお知らせします。 (中略) 1)質疑応答を含め25分厳守です。報告は15分をめどにしてください。その場合には質疑応答が10分。最長でも20分、その場合には質疑応答が5分になります。 2)ゆっくり話すことを心がけてください。1分300文字以上の早口の報告は手話通訳に支障をきたします。 3)4500字程度(300×15)の報告原稿を立岩(××××@×××.ne.jp)まで、9月21日(月)朝9時までにお送りください(必着・厳守)。 PC要約筆記については、基本、これがスクリーンに掲載されることになります。報告と原稿とが完全に対応している必要はありませんが、この点に留意してください。」
このように、自由報告も含めて大会報告のすべてを同時入力可能というアイセックのサービスは、障害学会大会運営にとって懸案となっていた一般自由報告の「読み上げ原稿」または「詳細原稿」についてのジレンマを解消してくれることになり、費用に見合ったメリットがあったと言えます。 また、「読み上げ原稿」問題に関連して、手話通訳について付言しておくと、通訳者の方から「通常は読み上げ原稿は原稿を見てもらい手話通訳はしない」と言われました。たとえば、2007年の第4回大会の際に綾屋紗月さんと熊谷晋一郎さんが一般報告をしたことがあり、この時の手話通訳は綾屋さん自身がおこないました。その時、パワーポイントの読み上げ部分については手話で表現せずに、パワーポイントの書記日本語を読むように手話で指示しました。しかし、これについて質疑応答時間に森壮也さんが「パワーポイントの読み上げ部分も手話で表現してください」と注文したことを覚えています。 障害学会の情報保障については、報告者自身も、視覚障害や聴覚障害についての配慮を意識することが大切で、聴者の報告者自身が字幕を準備したり、手話通訳を準備することは悪くないことだと私は思っていました。しかし、ろう者学の立場からすると、日本語と日本手話は異なる言語であるので、日本語の報告を英語で翻訳するのと同様に、日本語の読み上げ部分も英語にしないと英語しかわからない人には通じません。このように、障害学会における手話通訳を、音声日本語だけを通訳すれば良いと考えるか、音声日本語だけでなく日本語の報告全体を日本手話語に通訳するべきだと考えるかは学会で決めるべきことですが、いずれにするかによって手話通訳に要求する水準は異なってくると思います。つまり、日本語を視覚表現に置き換えればよいだけの手話通訳なのか、日本語の発表をすべて、ろう者にわかりやすい手話表現に変換することを通訳に要求するかの違いであり、厳密に言えば、この違いによって、通訳できる人材に違いが生じるだろうし、通訳謝金も違うべきではないかと思います。
(13)2023年1月現在から情報保障費用に関して振り返って思うこと
このように、情報保障というのは、手話通訳も文字通訳も、提供者によって提供されるサービスの内容には相当な開きがあるので、価格差も大きくなって当然なのですが、一般の多くの人の認識は「手話通訳や字幕が、ついているか、いないか」というレベルにとどまっているので、通訳された情報の質までは関心が持たれていないと思います。しかし、通訳された情報の質を評価しない限り、その対価が妥当かどうかの評価はできないと思います。 障害者総合支援法や障害者差別解消法の影響で、10年前に比べると企業や大学等の情報保障への需要が増大し、これにともなって費用単価も上昇し、学会会計の点では情報保障費用が問題になることも理解できます。しかし、費用問題を検討する前提として、現在利用している通訳サービスの内容がどのようなものなのかを認識していただいて、その他の方法だとどのようなサービスがどのような価格で提供されるのかを調べる必要があると思います。 手話通訳の質はユーザーにしかわかりませんが、文字通訳の質は字幕を見れば非ユーザーでもある程度はわかると思うので、ぜひ字幕を確認してほしいと思います。文字通訳は、事前に準備した字幕(前ロール)ではなく、即時入力された字幕の速さと正確さに価値があります。ここ数年で音声自動認識ソフトの質が格段に向上し、音声認識ソフトが生成した字幕を修正する方式のリアルタイム字幕を低価格で提供してくれる会社が出てきました。アイセックが1時間44,000円に対して、自動入力を修正して字幕提供する会社では1時間6千円という例もあるので、比較にならない価格差ですが、これは、いわば手作り品と工業品の価格差といえるでしょう。1時間44,000円というアイセックの価格は、テレビ放送の字幕など、ミスが許されない前提なら適正価格といえるでしょう。これに対して1時間6,000円の機械入力字幕は「機械による誤変換は可能な範囲で修正しますが、修正できないものも多々あります」という値段だと思います。テレビ放送並の字幕を要求するのであればアイセックを利用するべきですが、「音声自動認識字幕には修正できない誤変換がありますが、これについてはご寛容ください」という前提での字幕提供でよければ、安価な提供者に変更することも選択肢にはなるでしょう。ただし、音声自動認識を利用した即時字幕提供者はまだ多くなく、規模も小さいので、学会規模の仕事を受けられるかはわかりません。 将来のことを考えると、自動字幕の正確性が高まるにつれて、その需要も高まるでしょうから、今後は音声自動認識を利用した即時字幕の提供価格も上昇していく可能性はあると思います。また、一般に聴者がスマートフォンの音声認識機能を使って聴覚障害者に「スマホで筆談」する行為も、テレビドラマの影響などで急速に普及するかもしれません。こうしたコミュニケーション方法が、聴者と聴覚障害者双方に受け入れられるようになると、学会の情報保障のあり方も、ポスター報告や懇親会などをきかっけに変わっていくのかもしれません。一定の専門能力をもつ通訳者の養成と維持は今後も必要だと思いますが、通訳者を介しないコミュニケーションもまた別のメリットがあるでしょう。いずれにしろ、音声情報保障の文字による提供方法は、技術の飛躍的進歩の影響により日々新しくなっていくことは間違いないと思います。
■註
- ★01 障害学会大会では字幕作成にあたって「要約」は一切お願いしていないが、「文字通訳」という用語がまだ普及していなかったこともあり、障害学会事務においては便宜上「要約筆記」と呼んでいた。また地方では、3~4名の連携入力によって「ほぼ全文文字通訳」を提供する団体も自ら「要約筆記サークル」と名乗っている場合もあったと思う。
- ★02 厚生労働省「要約筆記者の養成カリキュラム等について」(平成23年3月30日・障企自発0330第1号) https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/sanka/dl/shien03.pdf
■文献
- 高畑 由起夫ほか、2006、障がいを持つ学生への学習支援(2)PCノートテイクの実践について、総合政策研究22、127 - 143